main | ナノ
荼毘のあしあと


「たき火なんていつぶりかなあ」

そう言いながら私は浜辺じゅうを歩きまわって集めてきた長さも大きさもばらばらの枝を砂の上に置いた。それっぽくたき火らしくなるように、枝を円の形に並べていく。

「なぜ私まで……」
「いいじゃない。つきあってよ。おさななじみのよしみでさ。一人でするのむなしいし、ついでに話も聞いてもらいたいの」

ごそごそとポケットを探って私はマッチを取りだした。出かけ際、家の戸棚から適当に拝借してきたものだ。赤地のパッケージには白抜きの文字で「THE PIPE」と書いてあり、その下にはパイプの絵が描かれていた。なかなかハイカラなデザインである。
私はマッチを一本中から出すと、箱の側面にそれを擦りつけた。ところが先端にはいっこうに火がともらない。一回、二回、三回、四回。だめだ。全然だめ。そういえば私は小さいころから、それこそアルコールランプを使った実験を初めてしたときからマッチに火をつけるのが大の苦手であった。
そんな私を見かねてか、三成の長くて細い腕が私の目の前ににゅっと伸びてきてマッチを持ちさっていった。一度側面に先端を滑らせただけで今度は簡単に火がつく。さすが理系男子は違うな。
彼があかりのともったマッチを枝の上に落とすとパチパチっと音をならして火が燃えあがった。これでやっとたき火ができる。
私は脇に置いていた紙袋を、一つは自分の体の前に、そしてもう一つは三成につきつけながら

「じゃあこっちをお願いね」

と言った。
二つの紙袋の中にはどちらも別れたかつての恋人たちとの写真やら手紙やら遊園地や映画の半券やらとにかく燃やせるものが大量に入っていた。そう、私は今からそれらを燃やすために、おさななじみのである三成を海辺まで引っぱってきてたき火をしようとしているのだ。

「どうしていつもこうなっちゃうんだろうね」
「だから私は最初からやめておけと言ったんだ」
「でもみんな優しかったしいい人ばっかりだったよ。それに悪いのは全部私だったんだよ、きっと」

彼氏たちとの思い出の品を処分しているというのになんとなく私たちの間に悲嘆的な空気がないのは、はなから三成に私を慰める気がないことと、私が本当に彼らのことを好きだったのかよくわからなくなってしまったからだ。
人を好きになる、という行為が私にはいまいちどういうことなのか理解できずにいる。好きってなに? 愛してるって? 恋愛とはどんなものなのか?
私だって決して努力をしなかったわけではない。人並みに誰かとつきあってみたことだってある。その証明がこのぱんぱんに中身のつまっている二つの紙袋だ。
けれど全部ダメだった。告白されて、もしかしたら好きになれるかもしれないと思うけれどやっぱりよくわからないまま最後は相手にフられてしまう。それがいつものパターンなのだ。
そうして私は先日も同じようにして恋人と別れたのだった。うすい唇からのぞく八重歯が印象的な愛嬌のある青年だったが、彼は最後に「僕は君に愛されたかったよ」と言って去っていった。
それがきっかけとなって、私は今までつきあってきたすべての恋人たちとの思い出の品を燃やすことにした。
燃やしてどうなるのかも、自分がどうしたいのかもわからない。けれど燃やそう、とただそう思った。それが正しいような気がした。自分にとっても、相手にとっても。
びりびりと写真を破いていって、切れ端の一枚一枚を火にくべていく。それはあっというまに燃えあがり姿を消した。
まるで葬式だ、と空にむかって尾をひく煙を見ながら思う。ここは火葬場で、私たちは今葬儀を執りおこなっているのだ。

「三成」
「……なんだ」
「私は多分これからも誰も好きになれないんだと思う。そうしてきっと一人悲しい老後を送るんだよ」

ぼそりと私はそうつぶやく。だんだんと夕闇がせまってきてあたりの景色が黒く染められていくなか、己の存在を主張するかのごとく目の前のたき火は赤々と炎を燃やしていた。それを見ていると、うっかり気をぬくと眠ってしまいそうにうとうとした。
三成は手紙を火の中に入れる動きをゆっくりと止めてから

「そんなことはない」
「なんで」
「私が貴様を愛しているからだ」
「……三成は私のことが好きだったの?」
「ああ、そうだな」
「そうだなって、そんなのなにも言ってくれなかったじゃない」
「聞かれなかったからな」
「そりゃそうでしょう」

三成から受けた告白に対して、私は気恥ずかしさを覚えるよりもまず憮然としていた。
だって彼はそんな素振りを一度たりとも見せてくれたことがないのだ。彼はいつだって私を見るときは冷たくてどこか遠くを眺めるような瞳をしていた。

「……私は、実は、もしかしたら三成には嫌われてるんじゃないかと思ってた。小さいころはそうでもなかったけど、高校に入ったあたりから急に冷たくなっちゃったし。だからなんかその、ごめん今ちょっと混乱しててなんて答えたらいいかわかんない。ごめん」
「最初から色よい返事なぞもらえるとは思っていない。貴様ならなおさらな」
「ねえ、本当に三成は私のこと好きなんだよね……?」

私は本当のところどうしたいんだろう。
三成はたしかに顔は綺麗だけれど性格はおっかないし歯に衣着せぬ物言いが多い。でも私は、彼がとても正義感にあふれている青年であることを知っている。小学生のとき近所の少しやんちゃな男の子に泣かされていた私を救ってくれたのは三成だった。
だからたとえ三成が私のことを嫌いでも、私からは離れまいと思ったのだ。それがまさか好意を寄せられているなどとは知らずに。
そう考えれば私はとてもひどい人間なのかもしれない。悪気はなかったとはいえ、新しい恋人ができるたびに今度は絶対にうまくいくはずだと彼に宣言していたのだから。そんな私のことを彼はどんな思いで見ていただろう。

「でも、三成は知ってると思うけど、私は人を好きになるってことがよくわからないんだよ。今回のことでそれがようやく痛感できたの。だからきっと、三成にも彼らと同じ気持ちをさせてしまうんじゃないかな。私はそんなの、嫌だよ」
「……思いあがるな、詩織。」
「三成?」
「それを決めるのはお前じゃない。私だ。私はなにがあってもお前から離れないと誓おう。
ゆっくり考えればいい。待っていてやるから」

三成の視線がまっすぐに私をとらえる。たき火の炎を反射させて、彼の瞳はわずかな輝きをはなっているように見えた。
好きってなに? 愛してるって? 恋愛とはどんなものなのか?
私にはやっぱりそれらがなんかのかわからない。わからないけれど「待つ」と言ってくれた三成に私は誠心誠意答えるべきだと思った。答えなきゃと思った。
それが私にできる本当の弔いだとしたら。

「……ありがとう、三成」
「礼を言われることなどしていない。ただ私は事実を口にしたのみだ」
「素直じゃないなあ」

私たちに囲まれてたき火は燃えつづける。写真の最後の一枚をその中に投じると私は祈るようにして両手をあわせた。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -