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タンノドク


実家から宅配便が届いた。
重いから気をつけてくださいね、と佐川急便のお兄さんが渡してくれた荷物は、たしかにずっしりしていて結構な重量であった。生もの用シールも貼られていたので、きっと毎年恒例となっているリンゴ狩りへ行ったに違いない。
しかし、実際はそうではなかった。たくさんアップルパイが作れるなあと、ウキウキしながら開けたダンボールには隙間なく柿が詰まっていた。
ふと小学校のときに習った詩が頭をよぎる。いちめんのおれんじ。いちめんのおれんじ。いちめんのおれんじ。
その圧倒的質量の前に私はしばらく固まっていたが、一言言ってやらねばと思って電話を手に取った。

「もしもし私です」
『私じゃわかんないわよ。それで、どうしたの。あなたが電話なんて珍しい』
「今さっき宅配便が来たんだけど」
『そう。無事に届いたみたいね。用件はそれ?』
「そうだけどそうじゃない。ねえ、なんで柿なの」
『お父さんが、リンゴは飽きたから今年は柿にしようって』
「……私が柿嫌いなのお母さん知ってるよね?」

そうだ。私は柿が嫌いなのだ。食べられないというわけではないのだが、自分から進んで口にしようとは思わない。香りと、それからぬめぬめしているところがダメだった。種があるのも気に食わなかったりする。

『知ってるわよ』
「じゃあ送ってこないでよ。私食べないよ」
『お父さんとお母さんの二人じゃ消化できないもの。別にあなたが食べる必要はないから、大学のお友達にでもあげなさい。どうせ迷惑ばっかりかけてるんでしょう』
*
「というわけで三成君にさしあげます。いつもありがとう。感謝してます」
善は急げ、である。電話を切った私は、さっそくビニール袋いっぱいに柿を詰めて隣の家へ向かった。
ここに住んでいるのは石田三成くんと言う。同い年で、学部は違ったものの同じ大学に通っている。
母の言葉を思い出すとするなら、私は彼に相当お世話になった記憶しかない。お風呂場の電球が切れたと言えば、身長の届かなかった私に代わってやってくれたし、ゴキブリが出たと泣きながら彼の家を訪ねたときも退治してくれた。その他両手両足を使っても数えきれないぐらい、たくさん助けてもらったことがある。

「いらん」

と、三成くんは私の差し出したビニール袋(正確にはその中身)を見て言った。頑とした声音だった。苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「どうして?」
「柿は好かん」
「一緒だね。私も柿は苦手なんだよ」

それじゃあしょうがないかと私はビニール袋を下げた。嫌いなものを無理に押しつけるわけにはいかない。その辛さは私が今一番知っている。

「柿は痰の毒になる」
「タンノドク?」
「風邪をひくということだ」

博識な三成くんは、時にはこのようにして色々と私に教えてくれる。

「お前も柿は食べるなよ」
「だから食べられないんだってば」

それから少し世間話をして、結局柿はまた私が持って帰ることになった。
軽く流してしまったけれど、いらんと拒絶をしたときの三成くんの様子は、険しいものであったと同時にどこか怖がっているようにも思えた。
三成くんは柿は風邪のもとだから食べないと言う。だが本当にそれだけだろうか。彼は一日三食抜くことも、不眠不休も平気でやる。そんな人が柿だけを撥ねつけようとするのは理解に苦しむ。
しかしまあ、人にはそれぞれ譲れないものというのがあって、三成くんにとってはそれが柿だったわけだ。
それよりも私はこれをどうやって消費していこうかと、ダンボールにたっぷり詰まった柿を見ながらため息をついた。



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