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寂しからずや道を説く君


あの出来事があってからというもの、私は以前にも増して石田先生が気になってしょうがなかった。授業中もうっかりしていると、黒板ではなく石田先生を目で追ってしまっているので、これは非常にまずい。
そんなことをぼんやりと思いながら帰り支度をしていたときだった。真剣な面持ちをした友人がやってきて、突然両手を合わせると私に向かって頭を軽く下げた。

「なに拝んでるの」
「拝んでるんじゃなくて、詩織に折り入ってお願いがあります」
「お願い?」
「今日集めた生物のノートを代わりに出してきてほしいの」

顔を上げた友人は、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「どうしたの。なにかあったの」
「いや、なにかあったっていうかさ……」
「歯切れが悪いなあ。はっきり言ってくれていいから」
「……石田が怖いから準備室に行きたくないんだよ。あそこはこの世の地獄だった」

そのときのことを思い出すだけでも恐ろしいと言いたげに、友人の顔色がさっと青くなる。
彼女は石田先生のあの比類ないルックス目当てで生物係の座を勝ち取ったが、彼の本性に出会ってしまった途端手の平を返すように態度を変えてしまった。

「詩織なら何度も補習の課題渡しに出入りしてるでしょ? ねえお願い! あんな怖い思い、私もう二度としたくない!!」

再び拝むようにして、友人は先ほどよりも深く頭を垂れる。
まあ石田先生についてはしょうがないよなあと思うと同時に、彼女が気の毒になってきた私は

「わかった。ただし交換条件ね」

と言いながら人差し指を友人に向けて立ててみせた。

「なにそれ。100円?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ1000円? ちょっと高すぎない?」
「だからそうでもないってば。購買のメロンパン1つ奢ってってこと」
*
準備室に入ると、石田先生はいつかの日と同じで分厚い書類と向き合っていた。

「先生、今日集めたノートを持ってきました」
「……担当はお前ではなかったはずだが」
「友人に別の用事ができちゃったみたいなので私が代わりに。どこに置けばいいですか」

さすがに「石田先生が嫌で私に頼みにきた」と真実を伝えるわけにはいかないので適当に誤魔化した。

「その机の上でいい」
「了解です」

友人が嘆くのはたしかに無理もない。ようやく私も慣れたけれど、最初のころは息がつまるような思いをしていたのを覚えている。
でも多分、私は今違う意味で呼吸が乱れ始めているのだ。

「受験はどうだ」
「まあそれなりには」
「それなりってほどでもないだろう。私は野田はもう少し上のランクの大学を狙ってもいいと思っているが」

その言葉に私は固まった。固まってから口にしたかった様々なことが脳から溢れ出てきた。
私はゆっくりと先生の方に顔を向けると

「……先生は、私をどうしたいんですか」
「私がお前をどうしたいか、だと?」
「私には先生がわかりません」

怒られるより褒められるのがいいに決まっている。当たり前だ。
だけどそれが石田先生だから私はわからなくなってしまう。

「お前は優秀な生徒だ。それを鼓舞するのは教師として当然だろう」
「……じゃあ、どうしてあのとき頭を撫でたりしたんですか」

思ったよりも鋭い声が出て、自分でも驚いた。
私は彼に期待していいんだろうか。夢を見てもいいんだろうか。そんな妄言を抱いてしまっていた自分が馬鹿みたいだった。

「お前に触れたいと思った。だから触れた。それだけだ」

石田先生の視線がまっすぐ私に注がれる。私はそれに捕らわれてなにもかも考えられなくなった。
言葉が私の頭の中を暴れまわる。食い千切られそうな思いがした。

「せん、せい」
「野田?」
「私、私は」

そうか、と私は激しく意識をした。やっぱり私はこの人に、強く惹かれている。



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