happy days | ナノ


□happy days LOS5
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「!!!」



ルイはサッと振り返る。
人が三人同時に出入りしても余裕のありそうな大きな扉には、まるでその隙間を埋めようとするかの様に、沢山の人影が寄り固まっていた。
ニヤニヤと下品な笑みを零すそれらの中から…誰かがゆっくりと歩いて来る。

思わずガタリと立ち上がったルイに、ピーターが小声で『逃げて』と呟いた。ルイは教室内を見渡し、その誘いを内心否定する。あまり使われない小さな教室なのだ、他の出入り口などあり得なかった。

「…別に今日でカタをつけなくても良いって、
僕は言ったんだけどさァ。
みんなが血気だって飛び出してっちゃったんだ。
その辺はまぁ、謝るよ。」

ボリボリと退屈そうに頭を掻きながら、ジェームズはフィルター無しの嫌悪感を、思う存分ルイに叩きつける。



「──で??
わざわざ自分からやって来て、今度はどんな夢物語を聞かせてくれるつもりだったんだい??ルイ・ホワティエ。」



適当に椅子に座り込む者、邪魔だと言って机を向こうに押しやる者、腕を組んでルイの行く末を愉快そうに見守る者…実に多種多様に、然し確実に、今度こそは逃がさないとばかりに、他のグリフィンドール生はルイの周りを取り囲む。

「…あれれ??ピーター??
何でまたこんな所に居るのさ。」
「あ、そ、その…」
「あぁ、もしかして君が彼女をここに引き留めておいてくれたの??」
「!!ち、違ッ…!!」
「流石はグリフィンドールの頭脳派だね。
ビクビクフェイスで人心掌握も朝飯前かァ…
いやぁ全く、恐れ入った。」

カラカラと笑うジェームズに、ピーターの顔が蒼くなる。やるじゃねえか、なんて他の生徒に声を掛けられるが、彼の表情はそれまでの自分を無理矢理毟り取られているかの様に悲惨で、目を背けたくなる程だった。
…けれど、ルイは内心首を振る。
彼にそんな思惑はない。
それだけはちゃんと、分かっている。

「早く『お話』してくんない??
僕もこれでなかなか時間が惜しいからね。」

余裕綽々という感じで、ジェームズが言う。
周りの生徒達に気取られぬ様にチラリと上を見た。蜘蛛の巣だらけのシャンデリアが、みすぼらしく垂れている。
この状態で話しても、きっと彼は聞く耳を持たないだろう。…いざという時は、あれを呪文で粉々にして、惨事のどさくさに紛れてここから脱出するしかない。ルイはポケットの杖の感覚を忘れない様に、慎重に口を開いた。

「──もっと大事な話を、しに来たの。」
「そのうざったい髪、もっと切って欲しいとか??
それなら喜んでお手伝いするよ。」

ハサミは園芸用だけどね、茶化した彼の言葉に、狭い空間に爆笑が木霊する。羞恥心で消え去りそうだったが、ルイは唇を強く噛み締めてそれを耐え切った。

「違う。もっと別の…大事な話。
──私にとっても。
ジェームズにとっても。」
「生憎、君の話を聞く事については、
なーんのメリットも無いと思うんだけど。」
「……聞かなかった所為で、
後で死ぬ程後悔するって分かっても??」
「…君ってそういう言い方も出来るんだねぇ。
ちょっと意外。」

意外なんて物ではなかった。実際、ルイの心臓は早鐘の様で、緊張で顔は真っ赤になって居るし、手の平には尋常でない程の冷や汗が浮かんでいる。肺は息の仕方を忘れた様に苦しく、このまま酸欠で倒れてしまいそうな気がして、薄暗い教室に少しだけ感謝した。

「…ッジェームズ!!!」

突然暗がりから声が上がって、誰かがルイを守る様に、彼等の前に立ちはだかる。ジェームズが怪訝そうに眉を上げた。
今までにないその力強い背中に、ルイは微かに声を掛ける事しか出来ない。

「…ピーター??」
「お、お願い、話を聞いてあげて…!!
ぼ、僕、この子が嘘をついてるなんて思えないんだ!!!」
「…」
「ジェームズ、最近おかしいよ!!!
い、いきなりこの人達と絡み始めたり、
それに女の子だけを標的にしたり…」
「ピーター。そこどいて。」
「ま、前から君が悪戯好きなのは分かってたけど…
こ、ここまでする様な人じゃなかったじゃないか!!!どうしちゃったのさ!!」
「どいてってばピーター。」

ジェームズの口調が段々と棘を増してく
る。ルイの中で警報音が鳴り響く。
昨日の光景が脳を過る。あの冷たい感触が、生々しく頬に蘇る。

「…ッピーター!!」

ルイはピーターを何とか止めようとしたが、熱に浮かされた様に捲し立てる彼の耳に、その音は届かない。
ビー、ビー、脳の奥の警告灯が赤く点滅する。いけない、危ない、ハサミが歯をしならせる音がする。

「何かあったんなら教えてよ!!!
ぼ、僕じゃ力不足なのは分かってるけど、話くらいしてくれたって…!!!」


「どいてって言ったよね??」



バキュ、という耳障りな音がしたのと。
あれだけ動かなかったピーターの身体が、横に吹っ飛ぶ様にして倒れたのは。



「…え、」



ほとんど、同時だったと思う。

「…ほーら、当たっちゃった。」

ハサミの感触に上書きされる様に、鼻先に飛び散った飛沫が、生温かく肌に沁みた。
呆然としたルイの顔に、再び容赦ない爆笑の渦が否応なく巻き起こる。

「…勝手にぺちゃくちゃ喋ってちゃってさァ、そんなにヒーロー気取りたいんなら、思う存分気取れば??
どうせ何も出来ないんだから。」

苦痛とはまた別のいい様のない感情に顔を歪めているピーターの鼻から、あふれる程の血が流れていた。ジェームズはそんな体液など気にも留めず、手が汚れたと呟いてハンカチをポケットから出して拭いた。

「その子に熱を上げるのは君の勝手だけど、僕の邪魔をするくらい調子に乗るのはやめてくんない??
そういうの僕、大っ嫌いなんだよね。」

ふつふつと、ぐらぐらと。ルイの中で何かが揺らぎ始める。どんなに弱音を吐いても、機関銃の様に喋り尽くして、終いには笑わせてくれていた彼の姿が、心の中で動き出す。

「同室のよしみで今まで言わなかったけどさァ、君の事好きになる人なんて居ると思ってるの??グズで、のろまで、取り柄と言えば勉強が出来る事くらい。
あぁ、性格もダメダメだったねそう言えば。うわー呆れる程良いとこないね君って!!」

拳が千切れそうなくらい痛くなる。
鼻の奥がツンとして、呼吸が苦しくなる。
視界が真っ赤に変色して行く。
…鳴呼、この気持ちにも覚えがあった。

「…言わないで。」

鼻を押さえて蹲るピーターを守る様に、今度はルイがジェームズの前に立つ。
どこか愉快そうにほくそ笑む彼に、竦んだ足が言う事を聞かなくなりそうだ。逃げ出してしまいそうな感情よりは良かったけれど。

「ピーターの悪口なんて、
…友達の悪口なんて、言わないで。」

魔法が大好きだった彼。
どんな魔法にも意味があると知っていた彼。
ルイの知っている彼はここには居ない。
こんなに顔を歪めて、誰かを軽蔑する様な視線を向ける彼を、知らない。
ジェームズ・ポッターは、ルイの知っているジェームズ・ポッターは、
この欠片だらけの世界には。存在しない。





「ジェームズ・ポッターが、

友達の悪口なんて、言わないで…!!!」







強さが欲しいと初めて思う。
太陽の様な、誰にも負けない彼の強さが欲しいと思う。
身体のどこかに小さな穴が空いて、意識が空中にプカプカ浮いている様な感覚がした。
言葉が震えているのも知っていた。
誰かに拳を振るう事も、思い切り言葉を突き刺す事も知らない事も、何よりも強くなんてなれない自分が居るのも、知っていた。
けれど、一体いつから自分で抑え込んで居たのも分からない位、ルイは初めて、ジェームズ・ポッターに怒りを覚えていた。

顔を醜くひしゃげて、口汚く罵りの言葉を吐く事は、きっと何よりも簡単で、誰よりも楽になるのだろう。
相手を絶対的に批判して、人格を完全に遮断して、存在そのものをこの現実から消し飛ばしてしまう事は、頭の切れる彼にとってとても容易く、まるで口笛を吹く様に軽い調子でやってのけられるのだろう。
けれど彼は、何度も耐えて来た。
そんな下らない解決法なんかに頼らない、それは、彼がたった一つだけ自分で作り出した、誰よりも弱い事を知っている自分を隠す、心の鎧なのだろう。

人を貶める言葉は何よりも強いけれど。
それは自分を曝け出して、弱い自分へ歩み寄っている証拠の、何物でもない。
人を汚す言葉は仲間を呼び寄せるけれど。
同じ感情の流れを持つそれらに解決策は無く、ただ流転し、肥溜めの様な醜悪な汚物を生産する活動にしかならない。
…もしかしたら、夢の中の彼は、それを知っていたのかもしれない。
弱い自分へと歩み寄り、生臭い風の吹き溜まりに浸った事が、あるのかもしれない。
そして、この欠けてしまった世界の彼は、人を貶める痛みと人を汚す情けなさを知らずに、ここまで来てしまったのかもしれない。

それはとても、悲しい事だ。
それを知らない彼は、少しだけ愚かで。
そしてどうし様も無く…虚しい人だ。







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