happy days | ナノ


□happy days LOS5
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中庭の茂みの陰を、出来るだけ音を立てずに進む。葉っぱの間からたまに見えるのは、石のアーチの向こうを慌ただしく駆け抜けるローブの黒。より一層、息を詰める。
早く通り抜けなければという逸る気持ちを押さえ込んで、ルイは慎重に別棟の廊下に入り、そして素早く空き教室に滑り込んだ。

扉を閉め、耳を押し付けて外の音を聞く。
足音は…一つ、しかも、かなり近い。
広い空間を薄暗い日差しが覆う中で、必死に神経を精一杯の集中力で尖らせる。
音はルイの焦りを楽しむ様に、ゆっくりとその歩を進めて来る。
入る姿を見られたのだろうか??いや、ひと気はなかったはず。ならば後ろからつけられていた??あんなに注意深く周りを観察していたのに??
コツ、コツ、コツ、トツ。
ルイは今すぐ飛び出して逃げるか、部屋のどこかにまた隠れるかを逡巡していて、音の変化に不和を感じるのが遅くなってしまった。
あんなに高らかに響いて来たそれが、ふとくぐもったように低くなる。
いや、それどころではない。
まるで扉越しとは思えない程に、
それはどんどん間近に、
そして、すぐ後ろ、に──

「ッ…ひゃ…!!!」

突然感じた気配に、ルイは引き攣った悲鳴をあげそうになる。然しそれよりも早く彼女の口を塞いだ誰かの手によって、その声はむぐっと言うくぐもった物に押さえられてしまう。背筋がぞわりと舐めあげるような感覚に、ルイは必死にジタバタ抵抗した。

「あいたッ!!!痛い、痛いって!!」
「ーッ!!ーッ!!」
「お、落ち着いて!!見つかるよ…!!!」
「ッ!!…え、」

手に掴んでいた稲穂の髪の感触に、ルイはやっと我に返る。引っ張られたり蹴られたりした所を涙目で摩りながら…彼はシーッと人差し指を立てた。

「…ピーター??!」
「っひ…な、何だ、君かぁ…
ちょ、ちょっと待って…」

ルイの驚いたひそひそ声に対し、近くに誰かの気配を感じたのか、ピーターは彼女と同じ様に耳をドアにくっつけて外を窺う。ふぅと息を吐いたのを見る辺り、どうやら行ったらしい。思わず一緒に安堵した。

「あの…」
「!!い、いや別に助けた訳じゃなくて!!!
き、君が突然入って来たからびっくりしただけでさ!!!
何で僕を名前で呼ぶ理由を聞きたいとか、ジェームズが君の事本格的に狙い始めたから気を付けてって忠告したいとか、別に全然そんなんじゃなくて…って、
うわわ!!何で僕こんな事言ってるんだろ?!!」
「…ありがとう。」
「え?!…あ、ど、どう致しまして…」

わたわたと弁解する彼に対し、ルイは首を振り頭を下げた。彼が居なかったら、もしかしたら先程の人影に見つかっていたかもしれない。彼女の素直な振る舞いに感化されたのか、ピーターは少し硬直し、やがて恥ずかしそうに頭を掻いて言葉を返した。

「…さ、さっきから、ジェームズの友達がこの辺ずっとウロウロしてるからさ。今は外に出ない方が良いかも…」
「…でも…私…」
「き、君、ジェームズにまた変な事言ったんだろ??
それで彼、すっごく怒ってて…」
「──ッ変な事じゃない!!」
「ひぇッ?!」

ルイは思わず声を荒げてしまった。ピーターの怯え様を見るに、きっと彼に悪気はない。すぐにそれに気付いて、ルイは先程よりも深く頭を下げる。

「…ごめんなさい。
でも私、聞かなきゃいけない事があって…」
「…な、何か理由でもあるの??」
「…」

まさか自分の夢の中の話をする為にジェームズを探して、挙句に追い掛けられて居るなんて言い難い。そんな事を言ったら、きっとピーターはまた、彼女の不可解な答えに眉を顰めてしまうかもしれない、ルイは口ごもってしまった。

「…と、とりあえずさ、座って落ち着こうよ。
しばらくはもう来ないと思うし…」
「…うん、そうだね。」

ピーターは何も言わないルイにそう言って、おっかなびっくり奥へと向った。彼に連れられて、ルイもまた、その辺の椅子に腰を下ろす。窓の外からは小さく授業の喧騒が聞こえて来て、何だかソワソワして落ち着かない気分になった。
彼の居る机の上には沢山の教科書がばらりと開かれたまま、乱雑に並べられている。

「勉強してたの??」
「…う、うん。」
「でも、授業は…」
「…」
「…ピーター??」
「……き、気分が悪くて、それで…」
「それなら保健室に行った方が…」
「…」

さっきまではあんなにまくし立てていたのに、ピーターの口は貝の様に閉じ切ったままだ。ルイは内心首を傾げた。
いかにジェームズが不良の一途を辿ったとは言え、まさか彼までもが授業をボイコットするなんて…

「…ごめん、今の嘘。」
「え??」
「い、いつもここで一人で勉強してるんだ。
誰にも邪魔されないし、きちんと勉強さえして置けば、何も言われないから…」
「そんな…授業に出るのは当たり前の事じゃない。誰も邪魔なんてするわけ…」
「…ぼ、僕が出ると、皆笑うんだ。
リーマスは、ほ、他の子達と受けるのがほとんどだし…
僕が隣に座った人は、嫌そうな顔するし。」
「……」
「わざとぶつかって来られたりとか、ひそひそ声で何か言われたりとか…
さ、最初はこれでも我慢してたんだ。
でも、段々それが酷くなって来て、物とか盗まれて、大声で寄ってたかって詰られて…

辛くて、泣きたくて、
誰かに相談する事も出来なくて…
それで、ここに居る様になったんだ。」

「……」

ルイは、その気持ちに覚えがある。
夢の中でのザリスとの一件の最中、女子トイレで行われた度のすぎた嫌がらせ。あの時の恐怖と孤独感は、今でも思い出せる。

誰も助けてなんてくれない。
けれど、立ち向かう勇気もない。
ただただずっと押し黙って、
時が過ぎるのを必死に願って。
伸びてくる手に震える身体を。
続けられる行為に傷付く痛みを。
自分もまた、
やり過ごす事しか出来なかったから。



「…ジェームズやリーマスみたいに、
上手く立ち回る事も出来ないんだ。
二人共、部屋に居る時は良くしてくれるけど、一歩校舎に出たら、まるで赤の他人みたいに振る舞って来る…
一緒に居る時だけは笑い合えるけど、虐められる時の僕は、見ない様にしてる。

…本当は嫌なんだろうね。
僕みたいなのが隣に居るの、
鬱陶しいだけなんだろうね。」

「…ピーター…」

返す言葉が見つからない。
気持ちを理解する事は出来るのに、
傷付いている姿はちゃんと分かっているのに。
あの時の記憶が喉につっかえた様に、
ルイは、言葉すら口に出来ない。



分かるよと、一言言えれば。
一人じゃないよと、言ってあげれば。
彼は救われるのだと、知っている。
その問題は、解決出来ないかもしれない。
けれど、彼に寄り添ってあげる事は出来る。
それは、ルイが一番良く知っている。
だって、ルイにはちゃんと、

「……ッ…」

そう言ってくれた人が居た。
寄り添ってくれた人が居た。
傷付いてでも歩くべきだと。
それは何よりも強い証だと。
教えてくれた誰かが居たから。

たった一言、言うだけなのに。
どうしてこんなに辛いのだろう。
ほんの少し、歩み寄るだけなのに。
どうしてこんなに怖いのだろう。

あの人も、そうだったのだろうか。
だからあんなに、泣いていたのか。
姿かたちは覚えていないのに、
その温かな感情だけは覚えている。
誰よりも強かったその人も。
こうやって、言葉を絞り出したのだろうか。



「ッあの…!!!」









その時、不吉を呼ぶ音が、扉を開けた。






「やぁ、プリンセス。」









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