happy days | ナノ


□happy days LOS4
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ルイはとうとう声を上げた。本棚の向こうから、『図書室では静かにいいい!!!』というマダム・ピンスの怒号が響いて、誰かの悲鳴らしき声が聞こえた(聞き間違いかもしれないが、何だかザリスの声だった様な気もする…)。
突然指を差して来た彼女に…リーマスもまた、驚いた様に目を見開いていた。

「…君、あの時の…」
「あ、えと、その…!!」
「とりあえず落ち着いて、あと髪乱れてるよ、大丈夫??高い所苦手なの??」
「ッ…な、何で助けて…」
「そりゃあ、目の前で君が落ちかかってたから、危ないと思って…
もしかしてそのままが良かったの??」
「……!!!」
「あははは、だよねー。」

二度とあんな目には遭いたくないとばかりに首をブンブン横に振ったルイに、リーマスは軽やかに笑い声を立てる。
自分が知らない彼の、その少し薄っぺらい笑い方に、ルイはふと気付いた。

「えっと…ル、ルーピン??」
「あれ、この前みたいに名前じゃないんだ??
あの時はごめんね、僕も急いでたからさ。
君個人に呼ばれるのは全然嫌な気分じゃないから。寧ろ嬉しいし。」
「う、うん…気にしてないよ…」

かっるいなぁ…ルイは何とか話を合わせながら思った。
最初に会った時はもう少し冷たい気もしたのだが…
夢の中のジェームズのフランクな感じが、彼の持ち前の柔らかさと混ざり合ったみたいで、何かもうヘリウムガスみたいなリーマスだった。

「ところで、何であの時あんなに動揺してたの??
ピーターのはいつもだけど。」
「…な、何でもないの。
転んでちょっと気が動転しちゃってただけだから。」

まさか夢の中の事を引きずっていたから…なんて言えない。今のリーマスにそんな事を打ち明けても、『へー』で済ませられそうで怖かったので、ルイは慌てて嘘をついてやり過ごした。

「そうなんだ、冷たい事言っちゃって悪かったね。
あぁ、今度から僕の事は普通にファーストで良いよ??僕も君の事そう呼…あれ、そういえば君の名前何だっけ??」
「…、ルイ、ルイ・ホワティエ。」
「へー可愛い名前だね。ぴったりだ。」
「…ありがと…」

名前を聞かれる事がこんなに辛いとは思わなかった。ローブの裾を握り締めて、顔に翳りを見せたルイに、彼は気付かない。
ジェームズと言い、リリーと言い、そして目の前のリーマスと言い、根底は同じでもこうまで違ってしまうのか。
夢の現実との明確な違いを、今更ながらに思い知らされた気分だった。
…ふと、どこかで彼を呼ぶ声がする。

「あ、ピーターだ。僕行かなきゃ。
今日は彼について来ただけだから。」
「…そう…じゃあまたね。」
「本当はもっと話したいんだけど。」
「え…」

パチリとウィンクしたリーマスに惚けていたルイ手が、ついと彼の手に取られた。
あ、こっちのリーマスも体温低いんだ、なんてどうでも良い事が頭によぎる。

「また今度、ゆっくりね。」

リーマスは、他の女の子なら誰もが黄色い声を上げそうな、可愛らしいキラキラした笑顔を浮かべて──手にしていたルイの手の甲に、チュッと軽いキスをした。

「……ッ?!!」
「あはは、良い反応。バイバーイ☆」

真っ赤になって手を引っ込めたルイを尻目に、軽やかな足取りで声がする方へと去って行く。『図書室は走らなあああい!!!』というマダム・ピンスの怒号が再び図書室全体を揺るがして、棚の上から小さな埃がパラパラと落ちて来る。

「……か…」

恥ずかしさにブルブルと震えながら、ルイは口を開く。何度も言うが本当に、夢と現実はこうも違うのだと思う。
魔法が大嫌いなジェームズよりも、どこか冷たいリリーよりも…

「…かっっっっっる…!!!」

ヘリウムガスみたいなリーマスが、一番おかしい!!!!
ああ、夢の中に帰りたいと、ルイは不謹慎ながらそう思った。






「ルーピンって…
あのリーマス・ルーピンか??」
「う、うん…梯子から落ちそうなところを助けてもらったんだけど…」
「…図書室に居るなんて珍しいな。大体は大広間や中庭でおちゃらけているのに…本当にルーピンだったのか??」
「ピ…ペティグリューの付き添いで来ただけって言ってたから…」
「ああ、なるほど。ペティグリューはグリフィンドールの中でも飛び抜けて優秀だからな。
性格は少し弱いが、僕も良く図書室で会うよ。」
「えッ?!…そ、そうなんだ…」

あのピーターすらも、ルイの夢の中では都合よく改変されていたらしい。いつも自分の成績の悪さを共に分かち合っていたピーターが、こちらでは首席なのか…

「(…な、何か腑に落ちない…)」
「…まぁ、何もされなくて良かった。」
「うん…」

あの時の事は、何だかこの場では言わない方がいい気がした。
口に出すのも恥ずかしいので、言いたくないだけだが。

「…そろそろ出ようか。待たせてすまない。
ミルとザリスが先に席を取ってくれていると言っても、ルイまで僕と残らなくても良かったのに…」

閉館時間を告げる様に、マダム・ピンスが本棚を間を縫う様に歩き回る中で、セブルスは貸出作業をしながら、申し訳なさそうに言った。マダムの行動に目を向けていたルイはそれに気付くと、笑って首を横に振る。

「ううん、良いの。私もすぐ行くのに時間かかりそうだったから。」
「…そうか。」
「早く行きましょ。」
「ルイ、羽ペンを忘れているぞ。」
「え??…あ、本当…」
「急がなくても夕食は逃げないぞ。」
「分かってるよ、もう…折角片付けたのに…」

笑ってからかって来たセブルスに頬を膨らませながら、ルイは鞄を開けて中を整理し始めた。結構な量の荷物が入っているので、鞄は既にパンパンではち切れそうだ。入りきれるだろうか…

「──あれ??」

ふと、見覚えのない背表紙が見えた。
ぎっちり並べられた教科書の中から何とかそれを引き抜いてみる。

「(これ…私のじゃ、ない。)」

『魔法薬学』の本だった。少し不気味な群青色をしていて、表紙にはおどろおどろしい容姿の魔女が、いかにもヒッヒッヒッみたいな声で笑いそうな表情で、目の前の変な煙を出す大鍋をかき混ぜている。
結構使い込まれているが、最初に見た背に図書室のラベルはない。
自分はあまり『魔法薬学』が好きではない。それこそ、こんな奇妙な本を進んで買うほど熱心でもない。なのに何故…

「(あ、そうだ、思い出した…
セブルスに借りたんだっけ。)」

その分野ではホグワーツ一と言われる彼から、何日か前から借りていたのだ。
ん??そう言えば、その約束の日は…ルイはハッとした。とっくに過ぎている!!!

「セ、セブルス!!」
「どうした??」

焦ったルイはまたも大声でセブルスを呼び止めた。不思議そうな顔で振り返った彼の胸めがけて、勢いよくその本を突き出して、ついでに90度の角度で頭を下げる。

「ごめんね!!約束の日にち過ぎちゃってた!!
今返すのも変だけど、ありがとう!!!」

戻って来たマダム・ピンスが、早く帰れとばかりにジロリと睨みを利かせてきたが、ルイは無視した。セブルスは何も言わない。怒っているのだろうか。呆れているのだろうか。それとも…






「何を言ってるんだ??」






「──…、え??」

ルイはポカンとして、顔を上げた。
そこには、何と言えばいいのか分からない、とばかりに、何故か困惑顏の彼がいた。

「僕はこんな本、君に貸していない。
いくら鞄に入らないからって、それは流石に強引すぎるんじゃないか??」
「え、だってこれ…」
「早く行かないとミルに怒られるぞ。」

彼女なりのジョークとでも思ったのか、セブルスは眉を下げて笑い、言葉の出ないルイを尻目に、図書室の出入り口へと歩いて行く。ルイは思わず鞄が口を開けっ放しというのも忘れたまま、本を片手に慌てて彼を追いかけた。

「ま、待って!!これはセブルスの…」
「…そんなに重いのか??
まぁ二三冊位なら持って…」
「ち、違うよ、だってセブルス、『魔法薬学』なら誰より得意って…」

何で、何でそんな事を??
これは間違いなく彼の本だ。
授業でミスをしやすいルイを気遣って。
分かりやすいからと言って。
わざわざ貸してくれた彼の本だ。
それは、それだけは確かなのだ。
なのに、なのに、何故…

「僕が??…ははは、そうだったら良いな。
いつもあの授業では大変な思いをさせられているから、とても助かるよ。

まぁ、得意不得意で言うのは難しいが、
どちらかと言えば『魔法史』の方が僕は好きだぞ??」












「え、」






世界の色が、一気に反転した。










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