happy days | ナノ


□happy days LOS4
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「…やれやれ、優等生も大変だねぇ。
問題児のお世話まで押し付けられちゃってさァ、嫌になったりしないの??」
「貴方がそこまで気遣いが出来る人間だなんて知らなかったわ。同情ついでに、そのままさっさと授業に行ってくれるんなら、私としても酷く楽なんだけど。」

リリーは自分の、波の様にうねる赤い髪を、一まとめに高く結ってポニーテールにしていた。その所為か少しつり上がったエメラルドグリーンの瞳が余計に強調されて、ルイが知っている彼女よりも更に輪を掛けて気が強そうに見える。

「(でも…)」

やっぱり、違う。
ルイが知っているリリー・エヴァンスは自分と同様、あまり髪を上げるのが好きではなかった。理由はまぁ、昔公園で木登り競争をしていた時に手を滑らせ、枝で首の後ろの辺りを深く切ってしまい痕が残っているからという、可愛らしいものなのだが。
そして先程の彼女の言葉で、ルイは夢との明確な違いをハッキリと感じた。

「…天下のエヴァンス様は大忙しだ。」
「あら、貴方には言われたくないわね、ポッター。」

彼が彼の名前を呼ぶ声は、いつも愛情と信頼に溢れていた。照れ隠しかいつもはほとんど呼ぶ事はなかったけれど、どうしようもなくなって、のっぴきならない状況にぬった時には、リリーは必ず彼を名前で呼んでいた。
それがいかにも彼女らしい、そして彼女にしては珍しい、少しつり上がった愛情表現で、ルイはとても好きなはずだった。

「女の命よりも大事な髪の毛を切るなんて、まともな神経の人にはそうそう出来ないはずだものね。」

けれど、今のリリーの彼への言葉は、全くの無関心と疑いだけで多くを束ねられている。
シンとしていて、乾燥していて、まるで砂漠の夜を歩いているような…ルイは胸が締め付けられるような気がした。

「──…あーあ、しんど。」

数秒の間、彼女との睨み合いを続けたジェームズは、そう言葉を吐いて肩を竦めた。
ルイの傍らに置いていたスクールバッグを手に引っ掛け、然し校舎とは反対の方向へテクテク歩いて行く。

「ちょっと!!人の話聞いて…」
「どーせ昼寝の時間になるし、受けなくたって大して変わんないね。君も早く行かないと、大好きな先生から怒られるんじゃないのー??」
「…ッポッター!!!」

険悪な怒号を飛ばしたリリーに、けれどヒラヒラと後ろ手に軽く振るだけで、ジェームズは足を止める素振りは見せなかった。
彼が捨てた羊皮紙の成れの果てが、後を追うように風に吹かれて転がって行く。
リリーはそれ以上何も言う気がなくなったのか、彼の後姿が見えなくなるまで、険しい表情のまま見つめていた。

「…あ、あの…」
「……、」

取り残された二人の間に、えも言われぬ空気が漂う。
ルイは気まずさを破る為に声を絞り出したが、彼女はまるで聞こえなかったとでも言うように踵を返し、校舎へと足を進めた。

「あ、ま、待って!!!」

折角会えた彼女と、一度で良いから話がしたくて、ルイは慌てて立ち上がり、その背中に向かって駆け出した。
リリー、という声が喉まで出かかる。
けれど…それが届く事はなかった。

「ひぎゃっ!!!」
「??!」

ビタン!!!という蛙が潰される様な音と共に、ルイが木の根に足を取られ、見事なまでに転んだからだ。ベッドにダイブする様に、両手と片足が上に上がった完全なる体勢。しかも顔面からと言う高度なテクニック。
まさに完璧な『ドジっ子転び』だった。

「──だ、大丈夫??」
「う、うん…」

流石に可哀想に思ったのか、リリーは振り返りそのままのポーズで呻いているルイの前に座り込んで聞いて来た。
地面に張り付いた顔を何とか引き剥がして、ルイは彼女に向かって、あはは…と頼りない笑みを浮かべる。額が外気に触れてヒリヒリと痛んだ、拍子で擦りむいたのだろう。

「…平気??立てる??」
「いつもの事だから…」

この前擦りむいた膝を再び強打したのか、痛みで涙まで浮かんで来た。けれどとにかく笑おうとして、何だか変な表情になってしまった。
リリーは何を思ったのか、少しその顔に固まって、けれどやがて躊躇いがちに、ルイへと手を伸ばそうとした…

「ルイ!!!」
「あ、セブルス…」
「…!!」

バタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。リリーはそれに気付くと、差し出した手を何事もなかったかのように戻した。
セブルスがローブを翻して、汗だくになりながらこちらへと走って来ていた。

「授業が始まっても…来なかったから…ッ心配したんだぞ…!!」
「ご、ごめんね、ちょっと色々あって…」
「!!どうしたんだ!?額が…」
「こ、転んだだけよ、大丈夫…」
「ほら、これで押さえておけ、すぐ保健室に行こう…」

甲斐甲斐しくルイの世話を焼くセブルスの背中を通り越した向こうで、リリーが去って行くのが見えた。今度こそはと声を張り上げる。

「あ、ま、待って…!!」
「…」
「…リリー??」

訝しげなセブルスの声に、彼女の赤いうねりが反応した。歩みを止めて、然し振り返らずに黙り込んだリリーに、セブルスが後ろに向き直り、再び声をかける。

「どうして君がここに…」
「あ、えと、その…」
「ポッターが彼女にちょっかい掛けてたから、追っ払っただけよ。それに私はその子に何もしてないわ、勘違いしないで。」
「…ポッター??」
「そ、そうなの、助けてもらったの…」
「…そうだったのか。変な勘繰りをしてしまってすまない、許してくれ。」
「…じゃあ私、行くから。」
「あ、ちょ…待ってリリー!!!
「?!」

ここ一番の大声をあげた後、ルイはしまったと思って口を手で塞ぐ。
リリーが弾かれた様に振り返り、信じられないと言う様にルイを、…今まで見た事もないくらい刺々しい目で見た。

「…あ…」
「……一度助けたくらいで、仲良くなったなんて思わないで。あいつの行動があまりにも度が過ぎてたから、注意しただけ。」
「ご、ごめんなさい…」
「…リリー、そんな言い方はないだろう??
きっとルイも君に感謝して…」
スネイプ。貴方にも私前々から言ってるわよね??
…もう軽々しく名前でなんて呼びあえないのよ、私達。
下手に呼んだら、周りの人達がどう見ると思ってるの??
…貴方ももう子供じゃないんだから、
そのくらい分かるでしょ。」

彼女との絆が夢の残滓だった事は、昨日ベッドの中で嫌という程考えた。ほんの少しだけ、やはり希望を捨てきれなかったのは、自分でも否定出来ないけれど。

「…でも、」
「ッ、リリー!!」
「だから…」
「それでもッ、」
「?!」

それでも、夢の中での彼女からの惜しみない愛情を、ルイは知っている。輝く太陽の様に眩しくて美しい、彼女だけの強さを、ルイは今の彼女を見ても、ちゃんと感じる事が出来た。やはり、変わらない。
夢の中で、素晴らしい体験をさせてもらったと思えばいい、優しく頭を撫でながら呟いた、セブルスの言葉を思い出す。



「──ありがとう。
助けて、くれて…!!」



例え、彼女がルイの知らない彼女だったとしても。
ルイは、また彼女と笑いたい。
記憶を共有する事のない彼女が、また同じ様に笑い掛けてくる事はないだろうけれど。
それでもルイは、リリーが好きだったから。
正しくて、強くて、少し泣き虫で、意地っ張りで…そんなリリーが、大好きだったから。



「…どう致しまして。」



今はまだ、素っ気ない返事しか、
返して貰えなかったとしても。
いつかまた必ず、笑い合える様に。

去って行く赤いうねりを忘れないように。ルイは静かに、笑顔を浮かべた。








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