happy days | ナノ


□happy days LOS3
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「──…薬は??」
「だ、大丈夫…さっき飲んだから…」
「…そうか。他に何か欲しい物は??」
「…、」

ベッドの中に収まったルイは、ゆるゆると首を振った。セブルスはやおら笑むと『そうか』とだけ呟いて、そのまま無言で立ち上がった。

「…帰るの??」
「あぁ、次の授業の準備もあるし。
今日は顔を見に来ただけだ、思ったよりも元気そうで良かった。」
「……、」
「ルイ??」
「…ううん、来てくれてありがとう。」

流石に、授業をサボれなんて言える訳がない。ルイは形だけの笑みを浮かべると、すぐに寝返りを打って向こうを向いた。
彼が帰る姿を見てしまったら、そのまま引き止めてしまいそうな自分が、嫌だった。

「…相変わらずだな。」
「──え??」

苦笑交じりの、けれど少し嬉しそうな声がした。枕元まで寄せられた椅子がギシッと軋む音がしたのに、思わず再び寝返りを打つと、セブルスが今まで座って居たそれに腰掛けるのが見えた。
ルイは思わず飛び起きてしまう。

「じ、授業遅れちゃうよ…!!」
「一日くらい良いだろう。体調が悪かったとか、他に幾らでも言い訳がつく。」
「でも…」
「以前僕が風邪を引いた時、ルイもサボってくれたじゃないか。
あの時のお礼を、まだしていなかった。」
「……、」

鞄から文庫本を取り出して開いた指は、簡単にそこから動きそうにない。
モゴモゴと毛布の中で所在なく動いていたルイの手に気付いたセブルスは、片方の手を伸ばして優しく包み込んでくれた。
正午を過ぎた太陽の日射しに、ハーフリムのレンズが反射して、思わず目を細める。
その先に、いつもと変わらない彼の穏やかな笑顔があるのに、気付くのが少し遅れた。



「…『大丈夫』だ、ルイ。



僕はちゃんと、此処に居る。」



「…!!」

それは、昨日の途方もない不安を、
胸に押し寄せて来た寂しさを、
根こそぎさらって行く言葉だった。
ルイは目頭が熱くなるのを隠す様に、重ねられた手のひらにそれを押し付ける事しか出来なかった。
微かに肩が震えてしまうのも、嗚咽にも似た吐息が漏れてしまうのも、きっと彼にはわかってしまうのだろう。

けれど、

「…セブルス、」
「ん??」
「──あのね…」

夢でも良かった。現実でも良かった。
例え、自分が信じた現実が夢だとしても。
例え、自分が今居る現実が夢だとしても。
セブルス・スネイプという人間が決して揺らがない事が分かっただけで、安心出来た。






「よお、ルイの具合はどうだ??」
「良好よ。セブルスにも頼んでるし。」
「ちょっと待て。何でアイツに…!!」
「…あのねぇ、昨日あの子を連れて帰って来てくれたのは彼なのよ??それに今までだって、取り乱したルイを宥める事が出来たのは、彼だけだったじゃない。
少なくとも、下心アリのどっかのKYヘタレよりは、今のルイも落ち着いて療養できると思いますけどー??」
「くっ…年々根も葉もねー事言う様になりやがって…」
「事実を言ってるまでよ。」
「ちくしょーアイツが居なけりゃ今頃…」
「負け犬の遠吠えは見苦しいわー」
「うっせえチビ!!!!あ、嘘ですごめんなさいピック構えないで…」









「…不思議な夢だな。」
「…あんまり、本気にしなくていいよ。
夢の話だし…私が疲れて変なの見ちゃっただけかもしれない、から…」
「…ルイがグリフィンドールとスリザリンの事を気にかけていた事は、僕も良く知ってる。でも、」
「…でも??」

解熱剤の効果が切れたのか、少しだけ汗をかいたルイの額に濡れたタオルを置いて、セブルスは少し考え込んで呟く。

「…夢の中の話なら、どうしてルイはグリフィンドール生の名前を知っていたのだろう。
少なくとも僕の知っている君は、例え衝動的とは言え、気安く人のファーストネームを呼ぶ人間ではないから。」
「それは…」
「…悪い事を言うが、君が夢の中で親しくしていた彼等はその…ホグワーツではあまり評判が良くないんだ。サボり常習犯で、周りからも正直好かれているとは思えないし。」
「…」

そんなはずはない、そう思うので精一杯だった。
ルイの知っている夢の中の彼等は、少々素行が悪いとはいえ、自分勝手に授業を休む様な事はしなかった。寧ろ、いつも授業を受けるのを楽しんで、その中で騒動を起こす事を何よりも好んでいたのに…

「(…あ、)」

違う、もう一つ理由があるのを忘れていた。
彼等の中の一人…ジェームズ・ポッターが、好きな女の子を観察する為にきちんと授業を受けていた事だ。彼が己の目的に忠実だったからこそ、他の三人も彼に従い、大人しく授業を受けていたのだった。
強い眼差し、弾ける様な笑い声。
美しい赤毛のうねりに伴って、記憶がきらきらと溢れ出す様な気持ちに、ルイは咳切る様に口を開く。
そうだ、彼女の名前は…

「リリー・エヴァンス!!!」
「え…??」
「セブルス、リリーは?!ホグワーツにいるでしょ!!?リリー・エヴァンス!!!」
「えっと…グリフィンドールの??」
「ちゃんと居るのね…良かった…!!」

信じていた事が一つだけ確信出来て、安堵と一緒に涙ぐみそうになる。
弱い自分をいつも力強く支えてくれた彼女の存在が居ると分かるだけで、ルイは今まで覚束なかった不安定な足元が、急にしっかりと現実味を帯びて来ていた。

「彼女との記憶も、あるのか??」
「…もしかして、やっぱり…」
「…残念だが、リリーと君の仲も、あまり良いとは言えない。
…ルイの言葉を借りて言うなら、こちらのリリーはその、少し…神経質で。スリザリンとの間でも、良く口論になっているよ。」
「…??『リリー』って…」
「…あぁ、僕と彼女は幼馴染なんだ。
ホグワーツに入るまではとても仲が良くて…今でもまぁ、良好な方、かな。」
「へぇ…」

リリーとセブルスの関係も、夢の中とは違うという事だろうか。少し恥ずかしそうに笑うセブルスに、何故かとても親近感が湧いた。

「…落ち着いた??」
「え??」
「正直、君の夢が本当かどうか、僕には分からない…僕としては、そんな夢が本当だっていう方が少し信じられないから。」
「…やっぱり、夢なのかな??」
「夢と言うのは、いわば頭の中の無数の引き出しから色んな体験や知識をランダムに取り出して、一つの料理にする様な物なんだ。
夢によってその整合性やストーリー性は差があって、逆にその引き出しが一つの物事に占められていたら、どんなにランダムに引き出しても、その夢しか見れない事になるだろう。

…もしかしたらルイは、何か事件があったせいで彼等の事を考え込み過ぎて、結果彼等と仲良くしている夢を見てしまった、という事があっても、否定は出来ない。」
「……。」
「…ルイ、夢は君の記憶がただ混在しただけの映画みたいなものなんだ。頭の中が勝手に作り出した物を気にしても、それは雲をつかむ様な話。」
「…本当に、そう、かな。」
「…そこまで気に病んでしまうものだ、それ程リアリティのある物だったんだろう。
自分を暖かく迎えてくれる楽しい場所で、素晴らしい夢を見せてもらったと思えばいい…それとも、ルイは今のこの状況が嫌いかい??」
「そ、そんな事ない!!
ミルもザリスも優しいし、セブルスも…」
「──…なら、良かった。
嫌われているのかと思ったから。」

ふわりと頭を撫でて、微笑んでくれる。
表現方法は違えど、セブルスからの変わらない優しさに、ザワザワと騒いでいた胸の中の不安が、薄らいで行く。

「…セブルスは、変わらないね。」
「??でも夢の中の僕は…」
「うん、ぶっきらぼうな人。ちょっと照れ屋で、笑うのがあんまり得意じゃなくて…」

でも、彼はどこまでも優しかった。
人付き合いが苦手なルイを、一年生の頃からずっと支えてくれた。
ルイがどんなに崩れても、無理に立ち上がらなくて良いからと、隣にいつまでも居てくれた。

「…少しだけ、本当に少しだけ、人に理解してもらうのが難しくて。
でも、知ればどこまでも人に好かれる、とても不思議な人だった。
とっても強くて──魅力的な人だった。」

少しだけ冷静になれた今ならば、分かる。
あの夢はもしかしたら、ルイが夢見た、もう一つの世界だったのかもしれない。
そして彼が変わらなかったのは、きっとどんな環境でも、彼だけは揺るがないのだという、ルイ自身の願いだったのかも、しれない。



「…良かった。

セブルスが、私の近くに居てくれて。」






「…そこまで褒めても、何も出ないぞ…」

顔を赤らめながらも、少しぶっきらぼうに言った彼は、やっぱり変わらなかった。
ルイはやっと、肩の重荷が取れた気がした。
もう、大丈夫。ここは…





「…ふふっ、」






私の好きな場所。










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