空が、回っていた。
くるくると、からからと、ふわふわと。
身体が羽のように軽い。そのまま、回転する夜空へ吸い込まれて行ってしまう様な感覚。
体温がジワジワと揺れていた。
氷の様に詰めたくなったと思ったら、すぐに火で炙られる様に、焦げる様な熱を発して居る。
魔女狩りには火炙りも水責めもあったというから、自分達がこの間隔を嫌うのは、当然かもしれないけれど。
意味のない頭痛がする。
倒れた時に頭でも打ったのだろうか。
身体中何処もかしこも傷だらけで、そんな事気付きもしなかった。
お腹の下の地面が温かい。
内臓でも飛び出したかな、笑い混じりにそう思える自分の図太さに感動する。
何故だか異常に喉が渇いていた。
喉の奥が、焼け付いた砂を飲み込んでしまった様にひり上がって居る。
…鳴呼、そうか。
飲んだん、だっけ。
空が、回っていた。
くるくると。
からからと。
…ふわふわ、と。
「…起きた??」
まるで本当に水銀を飲み込んだみたいに、しばらく激しく切り揉みグルグルと地面で蹲っていた彼女の目が、ぼんやりと開いた。
出来るだけ平静を装い言葉を発したつもりだったけれど、どうにも心配が滲む声に聞こえて、苛々した。
彼女はパチパチと暫く瞬きを繰り返し、やがてむくりと起き上がる。腕の添え木はとっくの昔に折れていて、仕方なく手を貸してやった。異常なほど熱いその身体に、違和感を感じたのはその後だ。
「…生きてる。」
「正確には『生き返ってる』だけど。」
自分の赤い手をマジマジと見つめる彼女。
彼女の内面…例えば少し性格が変わるとか…の変化を内心期待していた自分だったが、どうやらそんな奇跡は彼女には通用しなかったらしい。
先程感じた、太陽に直接触れた様な身体の熱以外に、特に変わったところは見当たらない。
顔もまともな表情を浮かべて居るし、あまり身動きしないのは傷の所為だろう。僅かに動く度に眉根に皺をよせていた。
「…大丈夫なのかい??」
「ほんの数分前に私を蹴り飛ばしてた誰かさんから言われてもなぁ…」
「いや、何か、変化とか…」
「あー、何だろうね。実感は無いけど…」
よいしょ、と声を掛け、ルイは今まで無惨にひしゃげていた右腕の添え木を引っこ抜く。使えないとは言え邪魔だったのかと思ったが、その奇妙な形に曲がった腕が、何の反応も無く彼女の身体を支えたのを見た時、今まで気付かなかったルイの変化がまざまざとわかった。
「腕が普通に使えてるのは確か。」
「…骨折は??」
「治ってる訳じゃない。実際半端無く痛いけど、身体中痛いから気にしないでいられるだけ。」
「…折れた状態でも、身体が活動出来る様に作り変えられた??」
「あはは、何か改造人間みたい。うがー」
関節が外れたのか、ぶらりと垂れ下がる指を隠しもせず、ルイは手を上げて唸ってみせる。
実際唸り声を上げてしまいたいのは此方の方なのだが…
「…どうする??」
「うーん、マダム・ポンフリーには普通に治して貰えるんじゃない??スケレ・グロ『骨生え薬』は御免だけど、怪我からして多分そうだし…それだったら詳しく調べられたりはしないから、バレないっしょ。」
「そうじゃ無くて。」
「ん??」
自分との乱闘で顔は痣だらけ、先述の様に右腕は折れているし、何よりも、彼女の腹には大きな風穴が開いている。そんな満身創痍の状態であるにも関わらず、ルイはたまに『痛い』と呟く程度にしか自分の怪我を認識して居ない。
恐ろしく、奇怪で、異常な存在。それを作り出してしまった自分に対する視線が変わらないのが、何故だか嫌に癇に障った。
「そうやって君は化け物になった訳だけど、
僕に対する罵詈雑言は無いのかな、って。」
「…隠れMだったの?」
「もういっぺん、死んでみる??」「すんません、地獄に流さないで!!!」
「………」
この究極シリアス展開をギャグで済ませられる程、残念ながらリドルは大人でも無かったし子供でも無かった。腹の穴から手を突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたろか、とか、そこら辺のチンピラみたいな台詞が頭に浮かんで、それに呑まれた自分にも げんなりした。
「…一人で立てる??」
「あ、ヘーキへー…うわっ!!」
血塗れの顔に笑顔を浮かべたのは流石と思うが、痩せ我慢をするのは話が別だ。
まだ足に力が入らないのか、彼女は更にそこからビタン!!!と蛙が潰れた様な音を立てて倒れた。
…自分もそうだと何時間か前に思ったが、彼女も今日はことごとく厄日らしい。
「…うげー、鼻擦りむいた。」
「身体中傷だらけなんだから大して変わらないよ。」
「酷い…」
「ホラ、」
「え、」
「…何してるの、早く乗って。」
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