happy days | ナノ


□happy days 65
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「(鳴呼、眠いなぁ。)」



とろりとろりと混じり合う。
ぐるりぐるりと混ざり合う。
生と死の香りが、充満する。
有と無の証が、混同して行く。
二つの銀色が絡み合い、互いを侵食して行く。

「(このまま、死んでしまいたい位。)」

ざり、ざり、ざり、靴底が雪を削って、その足跡を克明に刻んで行く。とっくの昔に静寂を過ぎた奇妙な耳鳴りが、機械的な歩調を鳴らし遠ざかる彼の身体を震わせていた。



誰も『幸せ』になんてなれない。
誰も『幸せ』を得る事は出来ない。
誰もそれを許さないからだ。
誰もそれに気づかないからだ。

自分がそれを許さない。
自分がそれに気付かせない。
『幸せ』になれない自分が出来る、
たった一つの『幸せ』な行為だから。
微かに開いている様に見える目は、自分のこれからの最期を、しっかりと見届けようともしない。

「(──どうせ『幸せ』になんて、
なれるはず無いんだから。)」

『幸せ』になりたいと願って来た。
『幸せ』にしたいと歩き続けた。
それは、例えこのまま無様に生き足掻いたとしても、決して『幸せ』になれないと知っているからだった。

いつでもやめる準備は出来ていた。
歩みを止める気持ちは、ずっとあった。
ここまでだと笑って言える様に。
いつでも諦めてしまえる様に。
叶う事ない夢だと思える準備は、きっととっくの昔に出来ていた。

誰も助ける事なんか出来ない。
誰も救う事なんか出来ない。
誰も『幸せ』になんか、出来ない。



「(…じゃあ、何で?)」



何で助けてしまったのだろう??
何で救ってしまったのだろう??

どうして、『幸せ』にしてやりたかったのだろう??
どうして、『幸せ』になりたかったのだろう??

そんな事少しも思って居なかった癖に、
そんな事出来ないと分かっていた癖に、

諦めていた事を、
止める事が出来た足を、
とっくの昔に気付いた事を、






「(何で、私は…



こんなになるまで、



頑張ってるんだろう???)」









『パパを、宜しくね。』



『「不幸」な君に、何が出来るの??』



『このッ…××!!!』



『愛しなさい。』



『ルイ。』









私はひとりが怖いだけ。

私は怖くてたまらないだけ。

いつだって、怖がって、逃げていて。

諦めて、足を止めて、気付いていて。

誰も助けられないなんて。

誰も救う事は出来ないなんて。

誰も『幸せ』に出来ないなんて。

分かっていた、けれど。












『愛なんかじゃ、
「幸せ」になれない。』



『約束なんかして、
僕が君の為に来ると思う??』



『「僕」は、誰の隣で泣けば良いの…??』



『愛してなんか、ない癖に。
「幸せ」なんかじゃ、ない癖に。』



『ぼくを、けす』



『ねぇ、ルイ。
「幸せ」って何だと思う?』















「──ッ!!」

風穴が痛みの渦を巻く。
血が止まらない感覚が脳を融かす。
冷たい死神の手がひたひた頬を触るのを払いのける。

「…ッ、そ…がァ!!!」

死んでしまったって良い。
『幸せ』になれなくたって良い。
そんなもの無いと知っていたって良い。

誰かを助けた自分が居た。
誰かを救った自分が居た。
誰かを『幸せ』に出来た自分が、居た。
私が思っているよりも沢山の人を、
私はいつもがむしゃらに抱き締めていた。

歩いて居られる理由があった。
救っていられる自分が居た。
願う事を、赦されていたじゃないか。

今まで一つとしてそれを願った??
今まで一度たりとそれを望んだ??
馬鹿馬鹿しい、それこそ反吐が出る。
私はそんな事これっぽっちも考えていなかった。
だって私は、そんな頭の良い事など考えてもいなかったのだから。

「…ッかはっ!!!」

誰かの為に助けていた。
誰かの為に救っていた。
誰かの為に、『幸せ』にしていた。
ありがとうなんて言わなくとも、彼らの思慕と尊敬の視線が、私をいつも見ていた。
それが嬉しかった。
それが楽しかった。
誰かの為の『幸せ』を、代わりに探してやれる事で、私は私を騙していたから。
見つからない自分の『幸せ』の代わりに、誰かの『幸せ』の温かさを知っていたから。

助けたかった。
救いたかった。
『幸せ』にしたかった。
ただそれだけで、私は生きていた。



私は全てを知っていた。
痛みも苦しみも悲しみも。
勿論それは私のだけじゃなくて。
誰かがこれから受ける痛みの分もあって。
けれどそれは私が受けるべきじゃない。
生きる誰かが受けるべき痛みで悲しみで。

私は、私で
私以外の何者でもない。
世界を変えるとか誰かの願いを叶えるとか。
そんなこと…そんな凄いこと、私みたいな人間が出来るはずもないのに。
私の世界は、他人の手でどうとでもできる位に、
弱くて、ちっぽけで、優しすぎ、て。
疑問も抵抗もなく、何度でも何度でも書き換えられて塗り潰されて。
要らなくなったら…すぐに捨てられる。
そんな世界でしかない。
その世界の持ち主の私も、
ただ良い様に使われて。
要らなくなったら…すぐに捨てられる。

みんなそうしてきた。
みんな私を捨てて来た。

私だって。

それ位、分かってた。



「…ッ、…!!!」



だけど、彼はそれをやめなかった。
それを知っていて尚、彼は願った。
誰かの為の自分を彼は、肯定した。

それが、トム・マールヴォロ・リドルが、『幸せ』になれない理由。
痛みに、苦しみに、悲しみに。
耐えられなくなってしまった『トム・リドル』を救う為に、失ってしまった選択肢。

それは、きっと痛かったのだろう。
それは、きっと苦しかっただろう。
それは、きっと悲しかっただろう。
解放されたいと彼が願うまでに。
それは思いの外、辛い道のりだったから。



「(リドル)」



私は『幸せ』なんかじゃない。
私は一生『幸せ』になんかなれない。
でも、分かって居るからこそ、
それに気付いて居るからこそ、
全速力で生きて居られる人間だ。
誰も悩む必要がない様に、
誰も自分を『不幸』だと感じない様に。
精一杯、『幸せ』にしてやる様な人間だ。

「(私は、アンタのお陰で、)」

奪う事しか出来なかった冷たい手が、
いつしか温かさで溢れていた。
零れて行く『幸せ』の行き先が、
いつしか彼の頭の上へと変わっていた。
鳴呼、『幸せ』だと、呟く事すらおこがましかった私の冷たい手のひらが。
全身全霊をかけて、彼を愛していた。






「(初めて、誰かに恋をした。)」






『愛なんかじゃ、
「幸せ」になれない。』
それは、愛される事で得られる『幸せ』を知らないから。

『約束なんかして、
僕が君の為に来ると思う??』
それは、いつかやって来る別れの中で、『幸せ』の零れ落ちる音を、涙の音と勘違いしているから。

『「僕」は、誰の隣で泣けば良いの…??』
それは、『幸せ』な自分が誰かの隣で泣いてしまえる権利を知らないから。

『愛してなんか、ない癖に。
「幸せ」なんかじゃ、ない癖に。』
それは、愛していない人間から貰う『幸せ』の置き場所に困って、ぼろぼろとこぼしてしまうから。

『ぼくを、けす』
それは、『幸せ』になりたいと願う彼自身が、必死にその手を伸ばしているから。



『ねぇ、ルイ。
「幸せ」って何だと思う?』



…それはまだ、分からない。
だって、私も愛を知らないから。



二度と立ち上がれない様に臥していた足が、信じられない程の力を込めて宙を駆けた。血塗れの手が雪と土を掴み、割れた爪痕を鋭く残留させた。
無様に転げ回る様な態勢で、不気味な唸り声を過剰に響かせて、ルイは進んだ。折れた手が運動に耐えられず、どしゃりと横抱きに倒れたルイの頬を地面が擦り、薄くきめ細やかだった皮膚をずるりと剥いた。

「…ッ、ルイ!!!」

ギンと軋んだ鼓膜に注意は向けない。
今この瞬間に彼への想いは必要ない。
ただ、ただただ前へ、前へ!!!!
命が削れる。心が磨耗する。
ルイ・××という存在が、
一瞬で崩壊して行く音がする!!!






探しに行こう。

見つけに行こう。

私と貴方が、

『幸せ』になれる方法を。






折れてない方の手を伸ばす。その手は虚しく、漸く我に返ったリドルに掴まれ、後ろ手に留められる。
けれど嗤う。ルイは微笑う。
そんな事分かっていた。どうせ彼は弱虫で泣き虫な、どうし様もない『とむ』だから。
折れて動かない手の方を握らなかった事が、彼の生涯唯一の失敗だ。

「──!!!!ッああぁぁああ…!!!」

銀色の泉に叩き付けた役立たずの手のひらには、涙の様に一雫の光があった。
ルイの一部となるのを嬉々とする様に、それは行儀良く手のひらに乗っていた。
掠れて言葉にならない声で、彼への精一杯の宣戦布告。
大丈夫、一人には決してさせないから。






一緒に行こう。



歩いて行こう。









私と貴方が、






『幸せ』になる為の道を。









「ごめんね。」









冷たい毒が、乾いた唇へと流れ込んで行った。刮目した蛇の瞳から流れた涙を、ルイは目を閉じて見ない振りをした。
てんで頭の良くない自分だって、それが『幸せ』だなんて、露程にも分からなかったからだ。


TO BE COUNTINUE...




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