happy days | ナノ


□happy days 65
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なけなしの願いと、ありったけの望みを込めて。
ルイはその角に身体を翻す。
掴んで、握り締めて、抱き込んで。
その正義もろともを食いつぶす様に。
茶けた黒髪の少女は、その白銀の角を。

「アアアアアアアアアア」

その腹へと、自らの手で刺突する。
痛みが光となって、目の前で明滅した。手足が一瞬、有り得ないほどガクガクと痙攣した。腹部から侵入した清純なる異物に、ルイの汚れきった身体が拒否反応を起こしているかの様だった。
冷や汗が滝の様に流れていく。皮膚の裏側がジリジリと焼け焦げる感覚。遠退いたり戻ったり、バウンドする意識を掴む為に、ルイの口内はあっという間に血の味で溢れ返った。

「ア、アアア、ア、」

悲鳴とも怒号ともつかない奇声は、天を仰ぎ空を刮目したルイの口から暫く続いた。
痛いなんて物ではない。けれどその痛覚のキャパシティを軽々と飛び越えた衝撃を表す言葉を、ルイは「痛い」以外に思い出す事が出来なかった。
腹の中で爆弾が爆発したかの様に、カッとした熱が波紋を靡かせながら身体全体を包んでいく。ぢりぢり軋んだ意識の裏側のイドの世界で────鳴呼、こういうのを『脳内麻薬』なんて呼ぶのかなと、冷めた目で呟く自分が居た。


「…ア、…う、」

さざ波の音がした。一度沸騰した血潮が耳元のリンパ節を転がして、体内の発熱を抑えるかの様に、冷たく静かに、終わりを迎えようとしていた。
思い出す、思い出す、薄暗い記憶を回帰する。
昔むかしの遠い自分は、この波の音に揺られながら、彼らと共に笑い合っていたから。

「うッ、あああああ!!!」

考えるのは苦手だから。必死に拒絶してきた。
愛するのは苦手だから。懸命に否定してきた。
そうしたところで神様は、私の『幸せ』に簡単に足を引っ掛ける。散らばった私の寄せ集めの『幸せ』を、神様は鼻で笑って踏み潰して行く。

けれど、彼は、彼だけは、踏まないで。
彼を、そんな優しい世界に連れてかないで。

生まれて初めての、今世紀最大の出血量。
ぬるぬると赤く滑る歯を食いしばって、黒ずんで行く意識の中、最後まで目を見開いた。

「…ア…」

彼奴と同じ目をしていた。
自分の事すら鑑みる事なく、外界とその他の人間、特にその境目であった自分を人生最大の汚点の様に、唾棄する様な目を。
責めている様な目だった。
自分の考えや理想すらヘドロを見る様な薄汚い嫌悪で、特にその最たるものである自分を、茨の棺へと追い立てる様な目だった。

「──…ア…アアアッ…!!!」

とむ、早く、早く、早く、逃げて。
(ぞぐりと抉る悪寒。)
(身体が強張る。)
お願い、生きて、生きて、生きて。
(やめて、嫌だ、見ないで。)
(震えだす腕。)
死なないで、死ぬなんて、許さない。
(そんな目で、私を憐れまないで。)
(くすむ呼吸。)



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──…ッ!!!!!!」




ざ、後退りする。
ざざ、ざ、首が仰け反る。
紺碧が、銀白が、
神秘が、この世界が。
(何だか、悲しい顔をした。)



──私が存在するのを、
──悔いるみたいに。

























『クルーシオ』







この世界には、三つの『許されざる呪文』がある。
一つは、今、ルイの頬を掠めた杖先から、詠唱を赦されてしまった呪文だ。
死にたい程、いっそ死を選ぶ方がマシだとでも言う程の苦痛を通り越した苦痛を、相手に与える呪文だ。
あの高潔で傲慢な白銀の白馬が、その美しい双眸に血の色を滲ませて、その麗しい姿からは想像も出来ない様な惨たらしい悲鳴をあげてしまう呪文だ。

唐突に抜かれたドリル状の角は、清々しいほどの激痛と、夥しい血痕とを雪の薄っすらと降り積もった地面へ撒き散らしながら、ルイの身体を弊した。どう、という音が耳鳴りのやまない鼓膜を揺らして、彼女はやっと自分が倒れ込んだのを知った。

「──ッッ…」

声が出ない。息すらもどかしい。
せり上がる物を感じて堪らず咳き込んだのだが、さっきの乱闘で負ったのやら、今度は肺の調子が狂ってしまい、ヒュウヒュウという微かな音しか聞こえなかった。






「──歴史に喰い殺される怪物が、
俺様を図らずとも殺そうとするとは。」






『ヴォルデモート卿』の声は、どんな生物も平等に突き刺す月光よりも冷たかった。
同様に、どんな生物の生命も平等に刈りとって行く死神よりも穏やかで、優しい声だった。







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