happy days | ナノ


□happy days 59
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「ふざけんな馬鹿野郎。」



バシイイィッ、と、空気が…爆発して。
耳を思わず覆いたくなる様な音がして。
肩の上のアルジャーノンが落ちない様に注意しながら、やっとの事でアリスの元へ辿り着いたキールは、状況の突飛さに唖然とした。

横っ面を奇麗に殴られて、
その病的に白い肌に鬱血の痕を残して、
…トム・リドルは、茫然としていた。

アリスも、あの悪鬼に満ちた表情は何処へやら、オリーブ色の瞳を見開き、静止している。
アルジャーノンは何を思ったか、ゲロリと囀り。
それに初めて我に返った様に彼女は。



「…なる程ね。」



…ルイは、未だビリビリと攻撃の予価に震える手を、そっと降ろした。
彼女の手首の近くには何故か、黒く凝り固まった血が一筋付着している。見覚えが無いと思ったが、良く良く考えてみれば、それは彼が手当てをしてくれた所為だ。
その証である白いハンカチが、さっきの衝撃で呆気なく、地に落ちてしまっただけの事。



「確かに、最悪に嫌な奴。」


あの優しさも、配慮も、言葉も。
全てが全て、嘘と欺瞞と虚無だった。
けれどそれを多分、自分は気付いていた。
否…最初から、彼を初めて見たその時から、もう、分かっていたのかも知れない。



「…でも、まだまだ…ううん。
全然甘いよ??『とむ』。」



売られた喧嘩は熨斗付けて。
振られた喧嘩は掴み取る。
それがある意味で、喧嘩の礼儀。

爪痕すら残るほど握り締めた拳から、
一本だけ、一番強い指を立て。
己の首へと触れさせて。
アリスが思わず赤面して。
キールが思わず嘆息して。
けれど、迷わず滑空する。



「おととい来やがれ、××。」



「…育ちが手に取る様に分かるな。」
「ごめんねー、本当に悪いから。」
「…君の名前は??」
「ルイ。」
「…」
「それだけだよ。」
「本名すらも言わないか。」
「元から捨ててるからね。」
「…知ってるだろうけど、僕は、」
「『とむ』。」
「…それは僕じゃない。」
「だから呼ぶの。アンタは『とむ』。名前も呼んじゃ貰えない、可哀想な『とむ』。」

本当はちゃんと知っている。
『とむ』というのはこの彼の、どうしようも無く落ちぶれた、彼が世界で一等憎んだ…父親の名前だという。
何処で聞いたかは、機密事項。
けれど思う。『似てる』なあ、と。

滲む様な陰湿な憎悪が徐々に、世界に溢れ出すそれへと顕現する。
『とむ』は、彼の中では禁止事項。
相手を焼き殺すほど黒く燃える視線を正面から受けて、私もまた、哄笑する。
唇を捲り、下瞼をにんまりと持ち上げた。



「ねぇ、『とむ』。
幸せって何だと思う??」
「…何を言うかと思えば、」
「答えないならアンタの負けよ。」
「……」



沈黙が、舞い降りる。
呼吸が、静かに響く。
彼は答えなかった。
けれど、彼は応えていた。
光を通さない、その暗闇の双眸で。



「…ッはは、」



ふと、密やかな笑い声が漏れ。
私は彼みたいに、奇麗に笑う。
にっっっっっっこり、なんて。
それは、同族と気付いた証。
自分達は同じなのだと、気付いた証。

視線で、声音で、指先で、足並みで。
呼吸で、鼓動で、身体で、精神で。
誰も知らない様な、
誰にも聞こえない様な、
強いて言うならば、それは、歌の様に。
共に…たった二人で、輪唱しよう。
『幸せ』なんか、信じちゃいないけど。








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bkm





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