「あんな顔されるとなぁ…」
一体どんな奴なんだろう。
微風に揺られる髪を、くるくると指先に巻き取って、ルイは思いを馳せる。
案外…『似ている』のかも、知れない。
ふと込み上げて来た睡魔に、欠伸を一つ。
日差しはすっかり温まって居た。
「そこの君。」
「…ふぁ??」
誰かに呼ばれた、そんな気がして思わずキョロキョロと周りを見渡した。
梢がサワサワ、揺れる。そこから漏れる陽射しに目が眩んで、一瞬だけ強くつぶって。
体重を掛けていた手がするり、滑る。
「えッ」
幾何学模様の暗闇を無理矢理こじ開けたけれど、最早視界は170度位傾いて、慌てて伸ばした指先が、ふわり、風を凪いだ。
や、ば…口がそう開く前に、ルイの鼓膜はけたたましい騒音に包囲された。
ザザザザザザザザザザザ!!
「ギャアアアアアアアア!!!?」裏返った悲鳴がつんざめいた。
スカートに小枝という小枝が引っ掛かり。ローブが約二箇所破けていく嫌な音がした。
…しかし、それが幸を奏した。絡まった色んな所が支えとなり、強靭な生命力を持つ枝のお陰で、最後に一房だけルイの髪の毛を強く引っ張って(ギャッと踏まれた猫みたいな声が上がったが)、ルイの落下は止まったのである。
登っていた場所はなかなか結構高い位置。もしそのまま落ちていたら、腕の一本くらいは折っても過言では無い。
「…う、…い、たい…」
衝撃で暫し停止した感覚が戻って来るまでの間、流石にばくばくと鼓動を止めない心臓が収まるのを呻きながら待った。
しかし、宙ぶらりんにされた状態というのは、なかなかどうしてこう、人体にとってこんなに苦しい体勢なのだろうか…
「聞こえて無かったのかい??
そこは登りやすいけど、手元が滑りやすくなってるから気を付けろって。」
「…う、うるさい!!先に言え!!
元はと言えばアンタが声かけた所為、で…」
馬鹿にした様な言葉に苛立ったルイの啖呵は、そのまま大気に透過される。
目の前で眉間に皺を寄せて佇む青年に、
…そのまま、目を奪われたからだ。
奇麗、としか表現出来ない人だった。
髪は漆黒。風に遊ばれざんばらに散るそれは、光を一筋も通さない様な色。
瞳は氷刃。無機質な何らかの感情を浮かべて、ルイをじっと見つめている。
顔立ちはまるで人形の様に、一つとして歪みはないものの、何処か物質的で、硬い。
のっぺりとしている癖に彫りは深く、どちらの感覚も分からなくなりそうだ。
そして、存在感。
それは、見る者にとってはある意味で絶対的な、ある意味で圧迫感のある。
並々ならぬ、強大な存在感。
けれど、何処か…ルイは問い掛ける。
「…アンタ、誰??」
───ざわり。
何故だか、体が震えた。
それは、彼も同じなのか。
ふと暗い目を、驚愕で見開いて…
「…とりあえず、降りれるかい??」
「は??」
「これだと、その…見えるから。
…僕が、犯罪者みたいだから。」
「…ギャァァァァッ!!」
ぺろりんちょ、と可愛らしく、けれどかなり際どい位置までずり上がったスカートの存在に、ルイは再度つんざいた。
流石に見ず知らずの人間に見られて平気な訳じゃない…驚いた、だけだけど。
何度か身悶えしてやっとこさ、ドスンというちょっと無様な音と共に、ルイは何とか絡みつく枝から解放された。
体のあちこちから不満げな鈍痛が声を上げたが、それよりも、『大丈夫??』といい手を差し伸べ起こしてくれた彼に御礼を言うのが先だった。
「あ、ありがと…」
「ううん、どう致しまして。
それより…腕、怪我してるよ。」
「へ!!?あ、だ、大丈夫大丈夫!!
こんなの何ッともないから!!うん!!」
「貸して。」
「えッ…わ、」
ぐいと少々乱暴に引っ張られて、二の腕の筋肉が痛んだが、ルイの目はそこから、自分の腕に釘付けになった。
「…痕、残るから。」
応急処置、なんて言って、名前も知らない彼はいつの間に出したのか、白いハンカチを奇麗に折り畳み、くるくる器用に怪我の箇所へと巻いていく。外気に触れてじくじくと鳴いていた傷口は、柔らかなそれに包まれて幾らか痛むのをやめてくれた。
「ご、ごめん…」
「良いよ、謝らなくて。
…それより、何で吃驚したの??」
「あ、その…考え事してて。」
「ふぅん…何か、悩み事??」
「べ、別に大した事じゃないよ!!
ええと…アンタもサボり!?」
「…いや??サボりっていうか…今日の僕は体調が悪いって事になってるから。」
「…え、じゃあ…」
「まぁ、ずる休み。」
今日は何か、勉強する気になれなくてね、なんて笑った彼は、声の明るさとは裏腹に、目だけは笑っていなかった。
その違和感に、言葉が詰まる。
…彼が現れてから、何処か空気がキンと冷たく張り詰めている、そんな気がした。
「…スリザリン、なんだ。」
「まぁね…君は、グリフィンドール、か。」
ちらりとシンボルカラーを一瞥した視線は、残念ながら、その温度を上げる事も下げる事もしなかった。否…元々、上下する際限なんて、無かったのかも知れない。
気まずいね、そう呟いた彼の何かに薄ら寒ささえ感じるのに、ルイは、彼から視線を一欠片も外す事が出来ない。
まるで、冷たい炎の様な、違和感。
彼は、誰??何者??何故…こんなにも??
『僕は純粋に…彼奴が、恐ろしい。』
ふと、アリスの震える言葉を思い出す。
───直感。唾を、小さく飲み込んだ。
「…アンタ、もしかして…」
「何をしているッ!!!」掠れた声で問い掛けた刹那、凍った空気が激しい破裂音を立てて、ガラガラと崩れた。
凛とした、悲鳴によって。
アリスだった。その白すぎる肌を紅潮させ、華奢な足を精一杯闊歩させて、やって来る。
道端の、白く小さな花すら踏み折って。
「ルイに触れるな!!」
「ア、リス…??」
「…ッこの、戯け…!!
今し方忠告したでは無いか!!」
「え…」
上手く動かない体を、その身からは信じられない位の力で押しやり、アリスはまるで、未だ微笑む彼からルイを守ろうとするかの様に、二人の間に立ちはだかった。
小さな背中が、怒りを露わにする。
彼は…否。
トム・リドルは、依然、微笑するばかりだ。
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