happy days | ナノ


□happy days 58
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雪の中で、彼を待っていた。
埋もれる様に、眠る様に。

冷たい感触がフワフワと天から降りてきて、
赤く火照る頬にちょこんと腰を下ろす。
かと思うと涙みたいにじんわり融けて、
本物の様に頬から首元へと落ちていく。

うつらうつらと侵略をやめない睡魔に、元から勝つ気なんてないのである。
大概、誰かが雪の中でうっかり寝ようものなら、凍える寒さに意識を奪われぬ様に誰かが『寝るなー寝たら死ぬぞー!!』とか叫んで頬をばしばしやるものだと相場が決まっているのだ。

勿論出来るならば、そんな楽しい事を他人にされずに自分でしてみたいのだ。
けれど内心、それをされてもみたいしそれを見てみたい気持ちもある。
となると一人二役どころか一人三役もこなさなければならない。Wキャストもびっくりのトリプルキャスト。あれ、何か意味違う??
兎に角、それらを全てこなそうと奮闘する自分の姿は、きっと恐ろしく滑稽だろう。

だけど自分は夢を見る。
まるでアメーバみたいに分裂して、
一人が眠り、
一人が叫び、
もう一人が指を指し己を笑う、
そんな…下らない夢でしかない。

だけど願った。
夢の中だ、そんな我儘位許せるだろう。
もし自分が三人も居るのなら。

…一人位は、
『幸せ』になれそうな気がしたから。

雪の中で、彼を待っていた。
埋もれる様に。眠る様に。
けれど、やはり無理だった。
どうしたって、それこそ夢の中でさえ。
自分が『幸せ』になる姿なんて、
予想も出来なかったのだから。
……。






雪の中で、彼を待っていた。
埋もれる様に。眠る様に。
火照る頬は昔の様に寒いからじゃない。
確実な高熱と曖昧な目眩を噛み締めて、幾分かややなだらかになった胸をさする。
その下で激しく飛び跳ねる熱の塊が、決して元気なのだからそうしているのではないという事も…分かっていた筈だ。

血を搾り取ったみたいに赤い液体。
それが、目の前に情けなく転がった酒瓶の底に、浅く溜まっている。
何だか笑えた。
自分の様、だった。

全部を捨てて、
全部を忘れて来たのに。
憎たらしい神様という奴は、
まだまだ自分を赦しては居ない様だ。
…元から赦される罪なんて、
持ち合わせて居ないのだが。

懐かしい。溜め息と一緒にリフレインする。
昔ながらの、下らない夢の、夢。
今でもまだ、分裂なんかしていない。
『幸せ』だけはしっかりと、必死に閉じ込めていた檻から、簡単に逃げ続けている。

嗚呼、胸が苦しい。咳が止まらない。
せり上がって来た物を我慢せずに吐き出せば、それは灰色の砂の上を仄かに、けれどはっきりと紅色に染め上げている。
もうすぐ約束の時間だ。来てしまう。
いつしか決して泣かなくなった彼が、私の好きなコッペパン、大きい方を持って。

雪の中で、彼を持っていた。
埋もれる様に、眠る様に。
空も海も灰色に染まる、この街で。
また一人、『幸せ』を逃し始めるのだ。
少しずつ、呪いの様な黒を溶かして。
彼の『幸せ』が少しでも磨り減る様に。
……。







雪の中で、彼を持っていた。
埋もれる様に、眠る様に。
だけど、彼は来たのだっけ??
何も分からずただ呻くのだ。






「嗚呼、眠いなぁ。」











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