happy days | ナノ


□happy days 55
380/497







それ自体の不幸なんてない。
自ら不幸と思うから不幸になるのだ。
───アルツィバーシェフ




嗚呼、鏡を叩き割りたい。
勿論そんな超人みたいな芸当が、ヒョロヒョロもやしの自分に出来るはずもないというのをセブルスはちゃんと知っていた。
けれど人は、そんな自分の限界を敢えて熟知した上で越えたいと願う壁を作る。
兎にも角にも、目の前の光の反射を利用した虚像作りの達人を、今すぐに抹殺…

「セーンパーイッ☆」
「はい来たァァァァァァ!!!」

分かっていた、分かっていたとも!!
コイツは人が一番欲しないタイミングという名の神に愛された存在なのだという事が!!
むしろ来て下さいと言わんばかりの展開に半ば諦めていたところだったとも!!

「お加減はどうですかー☆
どうやら引いた人間の特性に合わせて動物の耳が生える風邪だったらしいですよー勘弁して欲しいですよねー☆
因みに僕は日頃の行いが良い所為か生えて来なかったので、センパイは何の動物か気になって見に来たんですけどー何ていうかお約束ですねアハハハハハー☆」

もう躊躇は要らない。
殺すならいっそ殺したい、コイツを。
だけどそれすら叶わない現実だって、自分はちゃんと把握している。
否、把握しているつもりだ。
だから…今だけは泣かせて欲しい。
セブルスは敗れる筈もない硝子を叩き割るべく、拳をぐいと引き絞った。









と、まぁ誰かさんが事細かに詳細をお伝えしたのを踏まえて、状況をお伝えしよう。

「『生徒は自室及び医務室に待機、対策委員以外の校舎の徘徊は厳禁とする』」

当然ながら授業は中止、何故なら教師の何人かにすら感染が広がっている事態なのだ、生徒は当分自室待機となった。
休暇から戻って来てそりゃないだろうと思うが、生徒の半数が高熱頭痛etc.に悩まされている今では賢明な判断だった。
運良く風邪を引かなかったメンバーはそれぞれ寮生の看病及び伝達係となり、最初の動物耳出現者を皮切りにして、彼等の半日は殆どそれで失われてしまっている。

そんな感じで、ちょっと雰囲気が欲しいというダンブルドアの謎の提案の下、『対策委員』とか書かれた本気なのか遊びなのか分からない、けれど遊びというには余りにも本格的な腕章を腕に付けられ、天才の頭の奥行きをひしひしと感じながら、シリウスは大広間でポテトをつついていた。

「何つうか、あの人ちゃんと今の状況分かってんのか…??
何であんなに短時間で全員分の腕章用意出来んだよ…」

二の腕に巻いた嫌に立派な造りのそれを溜め息づてに眺めながらも、その分、気持ちは楽になったのは認めよう。
恐らく対策委員の殆どが、いつ感染するかも分からない状況で不安だったのだ。
それはシリウスだって同じ、だからこそ、ダンブルドアが気にするなと励ます様に差し出して来たこの馬鹿げた腕章を、何の疑問も無く受け取れた様に思う。

「…ま、その位だろうしな。」

あの賢いサンタクロースみたいな魔法使いは、役に立てないもどかしさを消す魔法でもこの腕章に掛けてくれたのだろうか。
そう思うと、何だか少し照れ臭かった。

「なぁルイ…」

お前もそう思うだろ、と、目の前でパイを同じ様につついていた少女に問いかける。

が然し、その言葉は二酸化炭素になっただけで、彼女の耳には入らなかった。
…否、それがきちんと声となって宙に飛び出しても、恐らく彼女の耳には入らなかっただろう。それが例え、その耳元で鼓膜が破れる位のものであったとしても。

さっきからパイを刺そうにも、力を込めすぎてパイ生地が耐えきれずに破裂して、彼女の皿の周りには無惨にもその破片が散らばっている。シリウスはそれを見て、犬が掘り散らかした土穴を思い出した。
何処か虚空の彼方を見つめる彼女は…



「───…えへへぇ…」



溶けたアイスクリームの様なふにゃふにゃの顔で、辺りに花を散らしながら、悦っていた。

シリウスはそれを見て、何だか今まで無意識に張っていた肩の力が萎える気がした。
先程のダンブルドアに対して抱いた暖かな尊敬のそれではなく…紛れもない呆れが、ゆっくりと脱力感を肥大させて行く。
ただただ…昨日の事を思い出した。






『──…動物の耳、っすか。』
『どうやらそうみたいです。
全くもって理由は分かりません、文字通り風邪の悪戯、とでも言いましょうか。』
『また何つうか迷惑な…』
『まぁ、本当にただ耳が生えるだけで、症状は普通の風邪と変わりませんからね。
それだけで私は充分です。』

マダム・ポンフリーが呑気に胸を張った。

確かに、それでもし状況が悪かったりしたらそれこそ大問題である。
ホグワーツの平穏をある意味で一番願っている彼女(ちなみにその次位にセブルス、その次にリリーじゃないかとシリウスは思う)にとって、風邪のおまけに生徒に獣耳が生えようが何があろうがどうでもいいのである。

『──…それで、俺らに何しろと。』
『別にお願いではありませんが、Mr.ルーピンが発症した今、恐らく続々と発症した生徒が増えるでしょう。そういう生徒達に、身体的には何の被害も無い事、何が生えたからと言って騒ぎを起こしたりしない事をお伝えして欲しいのです。』
『──あぁ…』

確かに、大変な動揺がホグワーツを襲うだろう。突然前触れもなく自分に獣耳が生えたら、シリウスだって不安になる、つーか泣く。
そんな生徒達の不安を取り除く為にも、何も心配する事はないという事実を知らせるのは、恐らく相当な効果がある。

『えーと…具体策とかは??』
『とりあえずこの事をダンブルドア校長にお伝えして、他寮の対策委員とやらに各寮でそうした配慮をしてもらって──』
『──あのぅ…』

マダム・ポンフリーがこれからの予定をブツブツ呟いている中、恐る恐る此方へと発言を要求する者がいた。冷たい灰色をした狼の耳…多分彼が人狼である事が関係しているのだろう、三角形に尖ったそれをピクピク動かしているリーマスである。解熱剤をマダム・ポンフリーに貰い、少しは楽になった様だ。

『あ??んだよリーマス。何か文句あっか??』
『いや無いけど…その…』
『??』

首を傾げるシリウスに、リーマスは恥ずかしそうに赤くなった顔を上げ、後方を見やった。
シリウスもつられて視線を追わせた。







[次へ#]
[*前へ]



[戻る]
[TOPへ]
bkm





×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -