「──腹ァ、減ったな。」
「え??…シリウスも??」
サンドイッチを見つめていたのが意地汚いと思われたのかと慌てたが、どうやらそうではないらしい。彼の言葉のニュアンスはどう聞いても、自分に同意を求める物であったから、ルイはちょっと安心してしまった。
「俺朝飯も食ってねぇしな。
ずっとアイツ等の看病で、あー腹減った…」
「あ…じゃあ、これ…」
さっきからお腹の虫と必死に戦いつつ、けれど自分とリリーの分だと開けるのを拒んだが、彼にあげる分ならば話は別だ。
袋の中を覗けば、白い三角形が4切れある。一つ差し引いても3切れ、大丈夫だろう。
自分が1切れで我慢すれば良い話だ。
「…はい。」
ふにゃふにゃとしたそれを一掴み、自分の腹を物悲しげにさすっていたシリウスへと向ける。灰色の目がキラリと輝いた辺り、きっと喜んで居るのだとルイは笑った。
きっとそのまま、今伸ばされているシリウスの手に渡されてから口へと運ばれるだろうと思っていたのだが───…
「…シ、リウス??」
そのままシリウスは、何とサンドイッチじゃなく、それを掴んでいるルイの手をしっかり握り、大口を開けてばくりと頬張った。
(無論、手じゃなくサンドイッチを。)
「──ッひ…??!」
正体不明の鳥肌が体を包む。思わず短い悲鳴をあげてしまったが、よほど空腹なのかシリウスはただモゴモゴ口を動かすだけだ。
「ちょ、シリウス…!!?」
食べにくいとばかりにグイと向こう側へ引き寄せる力は、振り解けない程強い。
顔が熱い、頬が熱い、目が熱い。
何で自分で食べないのっていうか何でそんな近いのっていうかていうか…!!!
グルグル螺旋を描くばかりでちっとも冷静に動かないのは脳味噌だけではない。
嫌なら逃げればいい、逃げればいいのに。
足が動かない。恐怖と勘違いしたのか、あるいはこれが恐怖なのか、足が竦んで突然に動かなくなっているのだ。
そんな力に怯えながらも、今にも飛び上がってしまいそうなこの異様な感覚は。
「──…ッ!!」
耐えきれずルイがブンッと手を強く振り切らす。それは最後の一切れをシリウスが口にくわえた瞬間で、運良く全てのサンドイッチは地面に落ちる事なく彼の胃の中に収まった。
まだ何かしらの湿った感触、それは果たしてサンドイッチのレタスの瑞々しさの所為なのか、自分の手の熱なのか、判然としないままポカンとしているルイに対し、シリウスはまるで何事もなかったかの様に唇を拭いながら、『ごっそさん』と至極満足げに笑った。
「ごっ…!!」
ごっそさんって何だ、ごっそさんって。
それが混乱しながらの素直な感想だった。
どこの世界に人に持たせてサンドイッチを食べる奴が居るのか。いや今目の前にいるけど、いや問題なのはそこじゃない!!!
「…ッな、んで、」
動悸が苦しい。顔がカッカと火照っている。
自分もとうとう感染してしまったのかという考えに落ちて行きたかった。
どうしてだろう。何故なのだろう。
何故、こんなにも苦しいのだろう。
「何で…!!」
そしてルイには…
──突然、背中に重量感が付加された。
「──え、」
振り向けば、たちまちそれは倍増する。
混乱しきった頭に更に混乱が読み込まれ、ルイは暫く背中にあるそれが何なのか判別すら出来なかった様に思う。
前にいたシリウスも流石にそれは同じ様で、モゴモゴさせていた口を制止する。
やがて、ルイの背中があまりに微動だにしなかった所為か、それは静かに横へとずれて行く。ずるりという衣擦れの音と一緒に聞こえて来たのは、とても短い、けれど苦痛にまみれた、息遣い。
その時、やっとルイは気付いた。
「──リーマス─」
彼の名前は、彼自身が冷たい石畳へと倒れる音によってかき消された。
周りにはこんなにも人が居るのに、それはまるで悲鳴の様に耳にこびりついた。
──…
「ッリーマス!!」
たまらず二人は駆け寄り、彼の身を起こした。周りが息を呑む声が聞こえたが、そんなもの耳には入らない。
苦しそうに呼吸をするのだけだ。それだけが鼓膜を侵食して、ルイはサッと顔の血の気が引いて行くのを感じる。
ただの風邪ではなかったのか??
いや、元から体の弱い彼の事だ、体力が有り余っている訳でもないのだから、普通の人間よりは辛かったのだろう。
シリウスが隣で鋭く叫ぶ。
「ルイ!!
マダム・ポンフリーを呼んで来い!!」
元々彼を泊まらせる為に来たのだ。その分今ここで倒れられてしまったのは少し自分に責任を感じてしまうが、それよりもまず先に彼を一刻も早く医務室へ。
ルイが頷き、立ち上がる。
「──ッ痛…!!」
その時、不意にリーマスが顔をギュッと歪ませ、耳元を押さえた。心臓が大きく脈動しているのが、背中を支えているだけで分かる。
「リーマス!?どっか痛いのか?!」
その痛がり方に疑問を覚えたシリウスが叫んだ声に、ルイは心配になったのか、思わず髪を乱して振り返った。
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