happy days | ナノ


□happy days 54
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季節の所為かいつもより数倍白い蒸気を猛烈な勢いで噴きながら、ホグワーツ特急は甲高い汽笛を鳴らして停車した。
全く同時に全てのドアが開いて、ロンドンから帰って来たホグワーツ生の姿で駅のホームはすぐにいっぱいになり、代わりに再会を喜ぶ声とトランクを転がす音が冷たい空気に満ちる。帰省した生徒達の姿は、優秀な森番の先導のお陰で暫くするとホームから消えた。

今度ホグワーツ特急が出るのは、恐らく今年の7月末だろう。ロンドンからの長旅に疲れたのか、艶々とした赤い車体を白い蒸気に揺らめかせるホグワーツ特急は、いつもより緩やかに白い溜め息を吐く。

ふと、そこから飛び出したのは赤い光。
否、正確にはその車体に取り付けられたドアの隙間から出て来たと言える。
栗鼠の様に忙しなく、蛇の様に鎌首をもたげて辺りを警戒しながら、それはすぐに天へと舞い上がった。
雲を裂き、空気をしならせ滑空する。弧を描く様に体をくねらせたそれが向かう先は、湖付近に位置する広大な古城だった。






「ルイ、ミルにセーラよ。」
「あ、本当だ。」

ホグワーツに向かって水面を滑るように進んで来る舟から、二つの人影がこちらへと手を振っているのが見える。
きっと聞かせて貰えるであろう思い出話を想像しながら、ルイとリリーは元気良く手を振ってみせた。






黄色く染まった陽光がなだらかに山脈を舐めて、藍色がかった空を変えて行く。
酷く遠くに見える癖に、手を伸ばしたら呆気なくその天井に触れてしまえる様な、それは清々しく、そんな自由な青だった。
抜けるほど、という表現はそんな感じじゃないのだろうかとシリウスは考える。
城壁を同じ様に伝いながら、ざわめきが反響していく姿を、ただ眺めていたかった。

別に、隠者ぶりたかった訳じゃない。
でも何か、そう、黄昏てる男って素敵じゃない??とか、むしろ最近俺ってアンニュイキャラになって来てね??とか、しかもそんな自分、嫌いじゃない的な気持ちになってるとか、まぁそんな気分なのである。
決して同室の仲間達と、帰郷していた他の寮生が帰って来る前に精一杯色々やらかしてやろうぜとか考えて完徹して遊び呆けていたからではないのだ、あっ言っちゃった。ウソウソ、今の無しで。

「…見つけた、か…」

彼女は確かにそう言った。
それはあの褐色が、何かを発見した時の溢れんばかりの煌めきを浮かべているから分かった。それだけで充分だった。
何故だか視神経に響く陽光に目をしばたかせながら、シリウスは昨日のルイとの会話を想起した。

『見つけた、って…どういう事だ??』
『ん…一瞬だけど、さっき見えたの。
知らない誰かがパッて、頭の中に。』
『どんな奴か覚えてるか??』
『それが…あんまり見えなくて。
本当に一瞬だったから…』
『…そうか…』
『…でも、』
『??』
『…あの格好…
何処かで見た様な…??』

ルイが話してくれた内容を要約すればこうだ。
一に、そいつはルイとは面識がない。
二に、そいつが彼女の言う声の主である。
三に、その格好に彼女は見覚えがある。
…どれもあまり有力とは思えなかった。

「(声は知ってるつっても頭の中だろ??
頭掻っ開いてみる訳にもいかねぇし…)」

しかも姿形に見覚えがあっても、それそっくりの奴を探したって解決にはならない。話を聞いた所、『たっぷりと布地を使ったみたいな白のワンピース的なものに、黒のローブを上から着たもの』みたいな、それ何処の神父様??シスター??というか、何だかあまりにも頼りない情報しかこちらにはない。
例え本当にそいつが宗教関係の人間だったとしても、果たしてこの国にどれだけの協会があると思っているのやら。

兎にも角にも、前途は多難なのだ。
今度似顔絵(というより似姿絵)を描いて来るとルイが言っていたから、彼女の絵の得手不得手は置いといて、とりあえずそれを見てから考えよう──…
そんな事をぼんやり考えていた時だ。



「…ックシュン!!」



「??」

嚔だ。
漢字だと分かりにくいので平仮名で。
くしゃみだ。呼吸時に鼻孔に入った埃などに鼻の粘膜が刺激され、一時的に息を大きく吐き出す反射現象の1つだ。
何で此処まで詳しく嚔について述べたかというと、ただ単に気になったからだ。

が然し、問題は別のところにある。鉤括弧の個数からみてとれる様に、今し方嚔をしたのはシリウスではない第三者という事だ。

誰かが寝冷えでもしたのか…シリウスは呆れて溜め息をつきつつ、未だに寝床にうずくまっている怠惰な(というのは実は語弊である。何故なら完徹したシリウスとは違い、彼等は睡魔に負けて丑三つ時になる前に寝てしまったからだ)友人達を振り返った。

「…ックシュン!!」

また誰かの嚔が聞こえたが、シリウスはふと首を傾げる。今の嚔、先程のそれとは違う方向から聞こえた様な…

「「「…ックシュン!!」」」
「…は??」

綺麗にハミング、ユニゾン、アンサンブル。
滅多な確率でも出そうにないその偶然に思わずシリウスは間抜けな声を出した。
唸りながらのそりと顔を上げたジェームズの鼻は不自然に赤くて。

「鼻痛い…」

起き上がったのは良いものの、不思議と赤い顔のままボーッとしているピーターはふらふらと視界をさまよわせて。

「頭痛い…」

最早顔すらも見えないリーマスは、毛布にまるで芋虫の様にくるまっていて。

「暑い…」



何とかは風邪を引かない。



「……まじかよ。」



古き良き時代の人々が遺した言葉に、然しシリウスはそんな事はないと叫びたくなった。










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