happy days | ナノ


□happy days 53
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「…約束、してたんだ。」



約束を、していた。
ずっと、ずっと前の事。
けれど彼女と、交わした。

忘れていたと自覚するのが怖かった。
勿論、それを何処かで肯定される事も。
あんなにも盲目的に信じていた自分の記憶の中の恋というものが、こんなにも簡単に脆く崩れ去るのだという事も。
運命だと勝手に宣った代償は大きい。
何かに強制された訳でもないそれを許してくれる程、世界は優しく等無かった。
否、そんなに優しく等無かった事を忘れていた自分が何よりも腹立たしいだけで、実際には世界には何の否も無かったが。

「そばに、ずっとそばに、
…居てやるって。」

呑まれていたのかもしれない。
自分の中の勝手な美化がある意味で、変わってしまう彼女を畏れたのかもしれない。
何て様だと笑いが込み上げる位には、それは程良く自分の目を眩ませていた。

結局は、自分も彼女も怖かったのだ。
変わってしまう事、誰かが何かを忘れて幸せになる事、その誰かが自分で、その何かが自分にも成り得ると知ってしまった。
ならば、一度離された手を掴むのを拒んだのはどちらだったのだろうか。
忘れられる事を畏れた彼女か??
忘れていた事を認めた自分か??
…否、誰がなんて決めつけられないのだ。
何故ならばその答えは両方に当てはまる、二者択一の選択なのだから。

きっと自分達は、どちらも手を放した。
相手の重荷になる事も、それを背負う事も畏れた振りをして、ただ逃げたのだ。
それもまた勝手な美化意識の中で作られた、自分達の関係の所為ではあるだろう。
けれど彼女の言う通り、それは只の言い逃れで、放した手は自分でも否定出来ない。

ならば、これは嘘なのだろうか??
彼女を愛しいと思うのも守りたいと思うのも、純粋な恋情ではなく、ただ離してしまった手から伝わる罪悪感の所為なのだろうか??

そしてシリウスは心の中で言うのだ。
それは、違う。





「だから、返せよ。」






「…!!」

悪態をつく程の戦慄に、ルイの体が震えた。
さらりと啼いた漆黒の隙間から覗く眼差しは、
銀色にも見える程、強くただ凛と光り輝いて。
雪はいつしか止んでいた。
全ての音を吸収する銀世界で、彼の眼だけが瞬いていた。



「俺のルイを、返せ。」



一瞬の内に彼の腕が伸びて来て、地獄の淵に近い位置に居たルイを引っ張って銀世界へと連れ戻す。今の自分に残された抵抗が歯軋りしか無い事に、ルイは腹が立ったのかカッと顔を上気させた。
掴んだ腕はとても冷たかった。泣かないでと涙を拭いてくれた指はあんなにも温かかった筈なのに、違和感が募って不安になる。
けれどそれをグッと耐えて、離すまいと力を込めた自分に、微かな進歩を感じた。

「離…して…ッ離せ!!!」

彼女の手は又も一瞬で杖を掴み、獰猛な彼女の下僕は今にも皮膚を突き破って喉を掻き切ってしまいそうな程強く喉に突きつけられる。息苦しさを感じさせるそれに然し、シリウスはもう恐怖を感じなかった。
言葉の凶暴性とは裏腹に、その切っ先はあまりにも何かに震えていて、あまりにも揺れて落ち着きのない褐色は、必死で天敵に向かって吠え立てる小動物の様な印象を抱かせるものだったからだ。

「…やりたいんならやれよ。
さっさと呪いかけて俺を黙らせろ!!
その為に杖まで持ってんだろ、あぁ!?」

低い怒声を浴びせれば、気迫とは裏腹にびくりと細い肩が震えた。彼女の漆黒に付着した白がふるり、弧を描く様に宙を舞う。

「…ッ何も、知らない、癖に…!!
どんなに、悲しいかも、知らない癖に!!」

ああそうだ、眉根を寄せてそう思う。
否、忘れられるという事が悲しいのだと知っていたのを、忘れてしまっていたのだ。

度重なる寂しさと。度重なる出会いと。
それは静かにけれど確実に自分の中で深く深く降り積もり、いつしか昔の記憶を埋めていたのかもしれない。
自分は『幸せ』だと、勘違いしていた。
自分は『忘れていない』と思っていた。
ある意味でそれは微かに、自分の犯した大罪、というべきなのかもしれない。

でも、シリウスは心の中で大きく叫ぶ。
それは、違う!!!!








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