happy days | ナノ


□happy days 53
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嗚呼、これは何の罰なのだろうか。

都合良く酔っていた時の所業を忘れたらしいシリウスは、たまにセブルスが追い掛けて来ていないかを振り返って確認しつつ(実は結構怖かったらしい)、何故だか頭の片隅に記憶していた、探さなければならない人物の行方を探していた。

が、真冬に何故こんなに薄着をしていたのかと自分を呪いたい位の寒さに負け、一先ず談話室へと戻ろうとして進行方向を変えた矢先、それは、否、そいつは居たのだ。

ブラック家が好む黒のコート(カシミヤ製)を着込み、しっかりと頭まで防寒している様は、半袖ベストの自分から見れば至極羨ましい。
然しまぁ、貸せと言っても貸さないというのが最早彼の中の流儀なのだから、そんな不毛な事はしないでおこうとシリウスは堅く心に決めた。

「…ぶぃきしッ!!!」

その瞬間を見計らったかの様に放たれた自分のくしゃみに死にたくなる。どうやらこいつの前では、自分の兄の威厳とかいうのは限り無く価値の低い情報らしい。
笑いを抑えきれずに口元をヒクヒク震えさせるそいつに、シリウスは羞恥で顔を真っ赤にさせながら彼をギッと睨みつけた。

「笑う位ならマフラー位貸しやがれ!!」
「えーやですよ寒いし☆」

鼻水ずるずるのシリウスにグッ☆と親指を突き出して、レギュラスはにっこりそう言った。
これぞ一年に一度の恒例行事、同じ学校に通っている癖に滅多に会わないというブラック兄弟の顔合わせであった。

「つーか何でテメェが此処に居んだよ!!!
俺の代わりに面倒臭ぇパーティに行くのがテメェの役割だろうが!!!」
「今年は不作だったんですよー女の子も可愛くなくてー規模も小さくてー☆
これなら家に居るより学校に戻ってセブルスセンパイとか兄さんを弄ってた方が万倍楽しいかなーと思って来ちゃいました☆」
「いや嬉しくねェェェェェ!!」

来ちゃった☆とかいう台詞は女の子に言われてこそ嬉しいものなのである!!
少し申し訳なさそうに、だけど嬉しそうに言ってくれる事にこそ浪漫が詰まっているのであって───あれこれ何の話??
話の論点がずれた辺りで軌道修正の為のシリウスの突っ込みが鋭く光る。

「つかアイツ等にちゃんと言ってから来たんだろうな!!?前みたいに行方不明扱いされて俺まで巻き込まれるのは御免だぞ!!」
「そこら辺は抜かりありませんよー☆
一応書き置きに兄さんが寂しくて死ぬらしいので行って来ますって書いてきました。」
「尚最悪な結果ァァァァァ!!」



流石は弟。予想の遥か上を行く暴走である…いや褒めてる場合じゃないだろうに。
テンションに呑まれて漫才への道を突っ走りそうになったシリウスは何とかブレーキをかける。
そもそも自分はルイに、現在進行形で言えばグリフィンドールの談話室に用があるのだ、こんな不毛なやり取りをしていてはやがては凍死してしまう。

「ッだーもう埒明かねえ!!
俺はテメェに用はないんだよ!!さっさと寮に帰ってスニベルスでもつついてろ!!」

そもそもあんまり会いたくねーし!!
シリウスはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向き、そこから立ち去ろうとした。

「兄さーん」
「…今度は何だよったく…!!」
早く行った方がいいですよ?
「ッ言われなくても…あ??」

不可解な言葉に、シリウスは思考を止めた。
いつもの笑みを見せつつも、唯一無二の共通点である灰色の双眸を、彼は今まで見た事もない位に真剣に光らせていたから。

「寒いなら走って温まればいいんです。」
「…レギュラス…??」
「あと…ハイ、どうぞ☆」
「ぉわッ!?」

投げつけられたそれに重力はあまり関心が無いらしく、フワフワと不規則に宙を舞う軌跡をシリウスは慌てふためきながら追った。
少々重いが矢張上等なものだからか、触れただけで温もりを感じるように思う。

「メリー・クリスマス、です☆」

あわよくば、彼に与えた物が、彼女をこの世界につなぎ止めてくれます様に。
一度も会った事の無い、そして未来永劫会う事の無い兄の想い人がどうか、これ以上『彼女』から傷つけられない様に。
レギュラスはにっこりと笑って姿を消した。
と同時に、シリウスの灰眼が静かにルイの姿を捉えた。

「ッ…おい、待てよ!!」

幻の様に急にそこから掻き消えてしまった弟に一種の戸惑いを感じつつも、シリウスは慌てて投げ渡されたコートに腕を通して、本来の目的である人物を追った。
遅く無くけれど速くも無い不思議な速度で歩く彼女に追いつくと、ルイは突然ぐるりと勢い良く首を回して、シリウスの顔を覗き込んで来た。
その近さと突飛さに思わずワッと声を上げそうになったが、一瞬の理性が効いたシリウスはそれよりもある奇妙な事に気付く。

「…ルイ??」

声に反応するかの様にかくりと首を傾げて、小さくなぁに??と返す仕草。
特段おかしい事なんて無いだろうに、何故だか妙にちぐはぐな感覚がした。
否…その目と表情があまりにも違和感しか伝えて来なかったからなのだろう。

白い息を一つ吐いて、その不確実性に何がおかしいのかクスクスと彼女は笑う。
いつの間にか右手に握られていた杖がくるり、円を描いた刹那、それは不気味さを漂わせる小さな小人に姿を変えた。
左右を珍しそうに見渡して、白靄の幻影は奇妙なステップを踏みながら逃げていく…

「…バーン!!」

白靄が、飛散した。何とも精密に制作されていたらしいそれは小さく、けれどとても現実味を帯びた断末魔を上げて、シリウスの目の前で空気に溶け合って消えて行った。

見開いた目を戻せずに茫然とするシリウスを見て、ルイはまた笑う。
かんらかんら、いつもの彼女なら絶対にしない、何もかもを馬鹿にした様な卑下に溢れた笑い声を高らかに上げて、哄笑した。

──嗚呼、来てしまったのか。
嘲笑にも近いそれに、ぞわりと言い知れぬ悪寒。けれどシリウスは静かに瞬きを数度繰り返し、落ち着けと唱える。
刺激してはいけないのだ、過去の失敗例に似た教訓が、凍りついた脳を融解した。
出来るだけ平常通りに、ひくつく表情筋を必死に上げて、シリウスはルイを見た。
彼が驚くのが楽しみなのか、ルイは次々に白靄の一族を作り上げては、無意味な大虐殺を楽しんでいる。

ふと、シリウスはルイの肩を叩く。愉しげだった表情が凍り、彼女は自分の快楽を邪魔した人物に対し静かに眉根を寄せた。
虐殺を免れた小人達が勝手に髪の毛を摘んだり絡ませていたが気にしなかった。
ルイはうろうろとシリウスの顔面を舐める様に視線をさまよわせていて、それが出るには少し時間がかかった。

…やがて、小人は飛散する事無く消えた。
頭に感じていた物質的感触が無くなった事に少し驚いたが、するりと風の様に手元から離れたルイの方へすぐに気が向いた。
きっと驚くと思っていたのだろう、つまらなそうに周りを見渡して、ルイは一人でさっさと歩きだした。
慌ててそれを追うシリウスの影を、青過ぎる月光が照らしている。






不思議な気分だった。
ふわふわと風になびく漆黒を、暗がりの道中で見失う事は先ず無さそうな気がした。
たったたったた。不規則にステップを踏んで、ルイはふと振り返る。
それに反射して立ち止まったシリウスに然し、ルイはある物を差し出した。

「??…これ…」

シリウスは疑念の皺を眉に寄せる。
何の事はない、少し前にシリウスが授業で貰いルイにあげた、あの金時計だった。
つるりと表面を撫でて、ルイは再びそれをシリウスへと突き出して言った。

「もってて。」
「──は??」
「うるさいのよこのこ。」

歩く事も出来やしない。そう唇を尖らせてから、ルイはそれをシリウスの手に強引に押し付けた。唖然として居るシリウスを余所に、ルイはそのままくるくると廻りながら更に先を急いだ。
シリウスは金時計に耳を澄ませた。
小さな秒針の音しか聞こえなかった。







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