世界の為にある存在。
誰かの為にある存在。
けれどそれは絶対的な客観の中。
決して、主観に現れる事は無い。
人を癒し、人を赦し、人を愛して。
己を放り、己を咎め、己を憎悪し。
逃げても逃げても離れても。
捕らえて捕らえて離さない。
自分の為に存在する、なんて。
赦されない事だと悟った。
決して除去される事の無い贖罪。
絶対に払拭される事の無い悲念。
体に染み付いて、心に塗れて。
洗われる事の無い客観の中で、
永遠に回り続ける罪の意識は、
日常の中、密かに肥大して、
記憶の中、微かに増殖して。
そしてそれは、
唄に擬らえられる程に儚い、
七色に砕け散るシャボン玉の様に。
ほんの少しの忘却と、
抱えきれない位の絶望にまみれたまま。
深く、深く、泣きたくなる程の甘受に染まり、今この瞬間まで心を泡沫へと誘って来た。
「わたしは、
私の為に、生きたかった。
私の為に、
生きてみようと思った。」
他人の為に生きる事を、
宿命付けられたこの存在に、
そんな願いなど、
許されない事なのかも知れない。
況して今まで背負って来たものを放り投げて、そのまま逃げてしまいたいと思う事など、余りに姑息すぎる考えなのかも知れない。
だけど、
繋いだ手が強い力を帯た。
「こわ、かった」
震える声が、ふるりと綻んだ。
「わからな、かった」
ざくり、とその音を最後に、
歩みが止まり、動かなかった。
「自分の為の生き方を、
知らなかった、から。」
どんな風に笑えば良い。
どんな風に泣けば良い。
どんな風に夢をみて。
どんな風に暮らせば良い。
どんな風に生きれば。
どんな風に、輝けば。
他人の為の生き方なら、
腐る程知っている筈なのに。
自分の為の生き方なんて、
考えた事もなかったのだ。
それに気付いた時の、
地面が抜けて、奈落へ突き落とされた様な、
絶望と空虚の深さといったらなかった。
今更、自分の存在意義は、とか。
問いかけてもどうしようのない、
そんな事を考えるものでもない。
ただ純粋に、
その恐怖は体を浸蝕していく。
ただ淡々と、
その絶望は記憶に融けて行く。
それがこんなにも怖いだとか、
思ってみた事なんて、無かった。
「…生きてるって、
こんなに辛かったんだね…」
息も詰まりそうな位の哀しさ。
目がくらみそうな位の苦しさ。
けれど何故かそれは、とても愛しかった。
愛しくて、だから…相反して怖かった。
耳を塞いでしまえば良い。
目を閉じてしまえば良い。
今までずっとそうやって。
「私は、にげてきたから。」
我が儘で欲張りで。
どうしようもない自分。
だからこそ、あの声が聞こえたのだ。
あの声に抗い、振り切ったのだ。
助けを求める声を聞かない様にと。
零れ落ちる涙を見ない様にと。
止める事の出来ない悪循環は、誰にも気付かれないまま奈落へと下って行く。
それを誰にも言わず、誰にも言えずに放ったままで生きて来たのは紛れもない自分だ。
どんなに強くなろうとしても、どんなに全てを受け止めようとしても、必ずそれは胸の奥のしこりとなって、じわじわと意識に滲み出したままでいる。
それを見ていて、けれど見ない振りをした。
当然の、結果なのだ。これは。
受け止めるなんて事を、出来なかった。
打ち勝つなんて事など、出来なかった。
悲しいほど、泣きたくなるほどに。
それは思いの外辛い道だったから。
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