happy days | ナノ


□happy days 39
275/497





それでも地球は動いている。

───ガリレオ・ガリレイ




「え??ティム・ターナー??誰だいそれ??」
「だから違うっての。
根性だけじゃなくとうとう脳味噌まで腐り落ちたか。」
「タイム・ターナー『逆転時計』だよジェームズ。
名前くらいは聞いた事あるだろう??」

苦笑して問掛けて来たリーマスに、ジェームズは何も刺さっていないフォークをガジリと噛んだ。

一応、好奇心だけで調べてみた事はある。
どんな形をしているのかは流石に分からなかったが、時間を戻し過去を変える能力…端的に言えばタイムトリップする事が出来るというシロモノらしい。
ただし過去にはその人間もいる事もあり、同時の時間に同じ人間が2人存在する事になるので、それは過去の事実さえも変えてしまう。
よって一般人は勿論魔法省の中でも限られた人間しか使用される事を許されず、その在庫は魔法省神秘部の内部にある"時の間"という所に保管されているとか何とか。

「…で??その逆転時計がどうかしたの??」

そういえばこれは、調べている内に興味がなくなって途中で投げ出し、それがどんな形であるかを知る前に止めてしまったのだっけ…
ジェームズはぼんやりと過去の事を思い出しながら些か上付いたような声で続けた。
その様子に思わずシリウスは溜め息をついた。

「お前…『日刊預言者新聞』も見ねぇのか??」
「読むも何も、僕購読者じゃないしー。
新聞社の回し者かなんかだったの、君??」
「回し者がんな所に来るか!!」
「ジェームズの耳にも入ってないんだね。」
「…??何が??」
「…あんまり大きい声じゃ言えねぇんだけど…
どうやら試作品の逆転時計が盗まれたらしいぜ。」
「試作品??」
「ほら、これこれ。」

リーマスは新聞のとある記事を指差した。
ジェームズは新聞を受け取り、文字に目を滑らせた。


逆転時計 強奪される

昨日未明、魔法省神秘部の『無言者』であるブルース・コットンが、現在神秘部で試作中の逆転時計が何者かによって盗まれていた事を発表した。
盗まれた試作品は未だ起動テストが行われておらず、また従来のものとは異なる機能を有しており、非常に危険なものであると担当者は述べている。
犯人はいまだ逃走中であり、その手掛かりさえも未だ見つかっていないとの事。
魔法省はこのような事態について、『全力で犯人を見つけ出す所存です』と弁解している


「今じゃ殆どの新聞で取り上げられてるぜ。」
「魔法省の管理がなってないからだとか言ってる評論家とかもいるみたいだよ。」
「…へーぇ…」

まぁホグワーツに居れば関係ないけど、と言うリーマスの言葉を聞きながら、ジェームズは大広間の天井を見上げた。
今日は天気が悪いのか、天井は不安げな色した分厚い雲に覆われていた。



「(………あ。)」

ぼんやりしていた視界がハッキリするのを感じた。
視界に映る、燃える様に長い赤毛の隣にいるのは、
やっぱり…ルイだ。

人込みを掻き分ける様にして彼女達に近づく。
大広間に入れば忽ち体中を、細々とした喧騒が包み込んできた。
リリーがこちらに気付いてルイの肩を軽く叩いた。
ルイが彼女の指につられて振り返る。
大きく、息を吸う。
人肌で温められた空気が、どろりと泥の様に口の中に入り込んできた。
喧騒の中の褐色の名前を、自分の声が呼んだ。

「ッルイ…」

セブルスは半ば咳き込む様にルイを呼んだ。
が、ルイはパッと目を背けた。
少なからず、胸の奥がズキリと鈍く痛んだ。

「セブルス、おはよう。」
「…あ、あぁ、おはよう…」

リリーがニッコリして声を掛けてくれたが、セブルスの目はルイから離れる事は無かった。
ルイも小さく『オハヨウ』と呟いたが、その視線はセブルスのネクタイの辺りを見つめたままであった。

「……」
「……」
「…あ…か、体の方は何も無かった??」
「あ、あぁ…特には…」
「そ、そう…」

リリーが会話に困っているのが見え見えだった。
真っ直ぐ立つのが苦手なのか、ルイがフラリと動く度に彼女の長い漆黒の髪がサラサラとなびいた。

「…わ、私先行くねッ…」

突然ルイはそう呟き、グリフィンドールの席へと駆けて行ってしまった。
セブルスとリリーは無言のままその背中を見送っていた。

「…やっぱり、気まずいのかしらね。」
「…??」
「あんまり気にしないであげて。
きっとルイも、色々とあるのよ。
時間が、欲しいのかも。ゆっくり考える時間が。」

そう言葉を紡ぐリリーの表情から、彼女が何を言いたいのかは何となく分かった。
セブルスは彼女が向かった方向へと視線を伸ばす。
それよりも、少し心配になったのは…

「…昨日、ちゃんと寝ていたか??」
「え…??…あぁ、まぁ、一応…
今日は起こす前に起きてたけど。」
「他に何か変わった事は無いか??」
「えーと…特には無かったと思うけど…」
「…そうか…」
「でも、何で急にそんな…」
「……いや。
何となく気になっただけだ。」

首を傾げるリリーを残し、セブルスは自分の寮のテーブルへと向かった。
後ろで彼女が何か言った気もするが、あまり気にしないでおこう。

自分の杞憂に違いない。
彼女の顔色が、少し悪く見えた、なんて。






「ルイはクリスマス休暇どうするの??」
「うーん…兄さんには帰って来いって言われてるんだけど…やっぱり今年も残るわ。
リリーはどうする??」
「ルイが残るなら残りたいわ。
家に居ても、妹の機嫌損ねるだけだし。」
「あぁ…ペチュニアちゃんだっけ。」

ガヤガヤとざわめきの残響する廊下の天井を見上げ、ルイは記憶を遡った。
一度写真で見せて貰った事がある。

女の自分から見ても綺麗に笑っていたリリーの横に…あの時は動かない写真というものを初めて見て仰天した…ブスッとふてくされた様に眉間に皺を寄せていた女の子だ。
リリーの妹だからか、顔立ちは幾分整っていたこそすれ、やはりホグワーツ一の美女のリリーが隣に立てば、その容姿は劣って見えた。

「いい加減仲良くしなきゃいけないとは思ってるんだけど、向こうが全然敵意バリバリなのよね。パパとママも私達には平等に接してくれてるのに、あの子ったら贔屓だって聞かないのよ。」
「た、大変だね…」
「まぁ、妹だから厳しくは出来ないし。
そこら辺やっぱり甘いのかもね。」

リリーの妹なのだ。
決して悪い人なのではないのだろう。
リリーの懐かしむ様な顔を見ていると、ルイは何と無くそう思えた。

「ねぇ、ルイの家はどんなクリスマスだったの??」
「私の所は、街に引っ越してからは兄さんの友達の人としか祝ってないの。
小さい頃はあまり外に出して貰えなかったから。」

口ではそう言いつつも、実際はあまり小さい頃の事は覚えていないのだけど、と、ルイは心の中で小さく付け加えてみた。
当然、リリーはそれを知る筈もなかった。

「ルイのお兄さんの友達か…きっと素晴らしい人ばっかりなんでしょうね。」
「うん。皆、とってもいい人よ。
最近は3人しか家に来ないんだけど、皆私達の先輩…ホグワーツ生なの。
3人共、とても面白くて優しくて…クリスマスとか夏休みは、兄弟が増えたみたいな気持ちになるのよ。」

ルイはクスリと笑ってそう言った。
どちらかというと、彼等は兄の様というか弟の様だった。

「それじゃあ今年残る3年生は、私とルイと…
あああと、あの4人だけになるみたいね。」
「…え…ジェームズ達も??」
「??そうだけど…何で??」
「え、いや…あの4人、毎年残ってたっけ??」
「まぁ、ルイったら大丈夫??
去年のクリスマスに、いきなり寮の得点が400点も減った事、忘れたとは言わせないわよ。」
「……あ。」

ルイは去年のクリスマスを思い出した。
そういえばそれから一時期、4人は全学年のグリフィンドール生から盛大なシカトを喰らっていたのだった。

「ま、あれで一度は懲りたでしょうし、その後のクィディッチの試合で名誉挽回したから何も言わないけどね。
今年は私も居るし、そう派手な事はやらないで欲しいわ。」

私の拳が唸るわよ、とか何とか意味不明なことをブツブツ呟きながら、リリーは人込みの中をスルリスルリと抜けていく。
ルイも慌ててそれを追ったが、頭の中では別の事を考えていた。

確かに、リリーが言ったのは嘘ではない。
けれど去年のクリスマスを、自分が覚えている筈が無いのだ。
それは、自分でも自覚をしていたこと。



「(…クリスマスなんて、来なきゃ良いのに。)」



毎年の様にそれを思い、そして甘受していく。
これもやはり定めかと思えば、少し気が楽になった。
家に戻った方が、良かったのかもしれない。
ルイはひっそりとそう思った。
クリスマスの夜に、独りぼっちにはならないと思った。
兄と居れば、心の奥底で、隠しようのない孤独を味わう事は無いだろうから。






『ルイ』











[次へ#]
[*前へ]



[戻る]
[TOPへ]
bkm





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -