happy days | ナノ


□happy days 38-B
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息苦しさももう限界だった。
シリウスもといルイはごそりと毛布から顔を出した。

頬に外の冷たい空気があたり、ぼんやりとしていた視界を否応にもはっきりさせる。
どこからか差し込んでくる光の中で、ハウスダストがくるくると回りながら空中に浮いていた。
長く寝すぎた所為か、意識は朦朧としている。
部屋はシンとしていて、自分の息遣い以外音は聞こえなかった。
皆はきっと、解毒剤作りに向かったのだろう。

「…行かなきゃ…駄目だよね…」

一人そう呟いてみるものの、体は鉛のように重い。
シリウスもといルイは、腕に抱きしめていた枕に顔をうずめ、キュッとシーツの上で小さく体を丸めた。

セブルスと顔を合わせる勇気が…無い。
否、リリーとシリウスの方がもっと合わせ辛いが。
公衆の面前で、あんな事をさせてしまったのだ。
しかもセブルスからしてみれば、視界的にはシリウスとキスしてしまったようなものなのだ。
恥ずかしいというよりどう謝っていいのか、シリウスもといルイには分からなかった。

自分がシリウスを突き飛ばさなければ、階段を落ちる自分にセブルスは巻き込まれる事は無かった。
元をたどれば昨日の大広間で、変な意地を張って自分があの場所を逃げ出さければよかったのだ。

こんな分かり切った推理と後悔を、昨日部屋に戻ってきてから何万回繰り返したのだろう。
言いようのない謝罪はいつの間にか、ただの自己嫌悪に成り下がっていた。

堂々巡りの問答をしていても正しい結論を出す事が出来るほど自分は頭の良い人間ではない事を、シリウスもといルイは自覚している。
かといって平気そうな顔をして皆の元に行けるほど、根性が据わっている訳でもない。
ルイは溜め息をついた。口元に近い吐息の篭った枕が、ほんのりと熱を帯びた。

────コンコン

「────…ルイ??」

突然ノックと共にやってきた声に、ルイは思わずびくりと体を震わせる。
最初はセブルスかと思ったが良く良く考えてみれば、今のあの声の持ち主は彼ではない。
ルイは自分達が誰と入れ替わったかを思い出した。

キィ…と軋む音に振り返れば目の前にはやはり、脂っこい黒髪をたらしたセブルスの姿が視界に映る。
が、その目にはいつもの影のかかった光はない。

「…リーマス…」
「ごめんね、勝手に入ってきて。」

セブルスもといリーマスは遠慮がちにそう言って微笑んだ。
シリウスもといルイもつられて笑いながら首を振り、慌てて寝癖のついた髪やらぐちゃぐちゃになったベッドの上やらを整え始めた。
セブルスもといリーマスは『ありがとう』とだけ言い、ゆっくりとベッドに腰を下ろす。
シリウスもといルイもその隣に座った。部屋にはまた静寂が訪れる。
シリウスもといルイは時折セブルスもといリーマスの顔を覗きこんでその表情を読み取ろうとしたが、セブルスの簾の様な黒髪が邪魔で、それをする事は出来なかった。

「…もう、落ち着い、た…??」

無闇にこちらを労る言葉が、何故か酷く変な感じに聞こえた。シリウスもといルイはぎこちなく頷いた。

「…セブルスが、心配してたよ。」
「……うん…」

膝の上で手遊びしながら、シリウスもといルイは曖昧な返事しか出来ない。

「顔、合わせ辛い、よね。」
「…………」

無言という事は、YESという事なのだろう。
シュンとしているシリウスもといルイの頭を、セブルスもといリーマスはゆっくりと撫でた。
シリウスもといルイは大人しく頭を撫でられている。
身長差的にはかなり無理のある構図だが、この所の度重なるトラブルのお陰で、2人は外見がどうのこうのでは全くといっていい程激しいリアクションをしなくなっていた。

良くもここまで順応できるな、と自分でも思う。
入れ替わった事に一番責任を感じているのは、紛れもないルイ自身だ。
そんな彼女の視線を自分に向けさせるのは簡単だった。
出来るだけ外見を気にせずに、依然と同じ様に話す。
外見をいつまでも気にしてぎこちなく話す人間や、その外見だけを見て中身を見ていない人間とは全く違う事をすればいいだけの事。

どうしようもない境遇に立たされた人間は酷く孤独だ。
打破できない環境と苦悩に悩まされる人間は何よりも先に、自分を安心させてくれる優しさを求める。
現に今、目の前に居る彼女はどうだろう。
一時期はあんなに自分に対してぎこちなかったのに、今は一番一緒に居るリリーよりも自分に頼りきっている。

この法則に気付いたのはそう昔ではない。
恐らく入れ替わってからすぐだったと思う。
そしてそれは心の奥底で、自分が何かしらの方法で彼女の視界に入りたいと思ったからだと言うことも、セブルスもといリーマスは自負していた。

「…何て言ったら良いのか、分かんないの。」
「…え…??」

不意に聞こえたセリフに驚けば、手に触れていた黒髪がつ、と指先を離れ、その後に間髪入れずにベッドが大きく揺れた。
シリウスもといルイは腕で視界を遮って、ベッドに仰向けになっていた。
彼もとい彼女が寝転がった反動で、また大きくハウスダストが宙で弧を描いて舞った。

「…謝りたい気持ちは、あるのにね。」

言葉が、見つからない。
一番伝えたい言葉が、分からない。
胸の中が酷くモヤモヤして変な感じがする。
ぎりぎりで保たれていた何かが、
崩れてしまったような気がして。






「…僕、考えたんだけどさ。」

ピーターもといジェームズはぽつりと呟く。
ルイもといシリウスは片眉を上げて彼の方を見た。
リリーもといセブルスとリーマスもといリリーはそれぞれ、解毒剤作りに精を出してくれている。

本来ならば彼ら二人も手伝わなければいけないのだが、生憎と今の2人の体は『魔法薬学』にはてんで向いていないルイとピーターの体なのだ。
リリーとセブルスからは首をブンブン振って拒否されてしまった。

ルイもといシリウスは欠伸をかみ殺しながらも『何がだよ』と言葉を返してくれた。ピーターもといジェームズはその顔に思わず苦笑して、『ルイの事だよ』と言った。
ルイもといシリウスは褐色の瞳をビックリした様に目を丸くした。ピーターもといジェームズは続けた。








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