happy days | ナノ


□happy days 35
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グツグツと真鍮製の鍋が煮えたぎる音。
掻き混ぜていた杓を上げれば、まだ溶解途中のドラゴンの心臓やらニガヨモギの葉っぱが、ドロリと糸を引いて鍋の中に落ちて行く。
ルイはうっとうめき、思わず口を手で押さえて込み上げる吐気を抑え込んだ。

「…ルイ、ルイッ…」

ふと、ルイはリリーから名前を小声で呼ばれ、後ろをクルリと振り返る。
リリーウォッチングで眠くなったのか、こっくりこっくりと舟をこぎ始めたジェームズを放置し、リリーはこちらに身を乗り出していた。

『何??リリー。』
『…ねぇ、セブルスどこに居るか、分かる??』
『へ??』
『理由は後で話すわ。
そこから見える??』
『え、あ、えーっと…』

ルイは慌てて首を伸ばして周りを観察する。運の良い事に、ルイから見える場所に、あの脂ぎった黒髪の頭が見えた。
ルイはリリーに視線を戻した。

『…居たよ。
前から3番目の一番端っこ。』
『本当??ごめんね、ありがとうッ。』
『ううん、良いけど…どうしたの??
セブルスに何か用事でもあるの??』
『あ、あぁ…ちょっと待って。』

リリーはキョロキョロと辺りを見回し、ジェームズやシリウスが作業に熱中している事を確認してから、ローブのポケットの中をあさり始めた。
やがてポケットの中から現れたのは、リリーの目と同じ位深い緑色の液体が入った小瓶だ。
ルイも一度だけ前に見せてもらったので、すぐにそれが何か分かった。
ジェントル・ジェントル『無抵抗主義の紳士薬』だ。

『…これ、セブルスに調合してもらった…』
『えぇ、一応使ったは使ったんだけど…やっぱり残っちゃって。
持ってたらまた使っちゃいそうだし。
でも捨てるのも勿体ないから、とりあえず作ってくれた本人に返そうと思ったの。』

リリーは少し残念そうに笑った。
もういざこざは沢山だったから。
ルイはワケが分からずに首を傾げた。
けれど、リリーが安堵しているのは何と無く分かった。
先生が最後尾の席へ移動したのを見計らい、リリーは静かに立ち上がり、腰を低くしたままセブルスの方へと歩いて行った。
ルイは何だか心配になり、リリーの後を追おうかと考えた…

「おい。」
「ハイッ!!!?」
「…何ビビッてんだよ…」

少し悲しくなったシリウスが呆れた様に呟く。
ルイは焦った。
反射的に向こうへ歩いて行くリリーを体で隠そうとして、手を大きく広げ仁王立ちになる。
その様に思わずシリウスは吹き出した。
ルイは恥ずかしくて真っ赤になったが、今は自分よりリリーだと開き直った。

「…何してんだよお前…」
「べ、別に何でもッ!!?
ホ、ホラ、シリウス、お鍋焦げちゃうよッ??!」

明らかに動揺を隠す事が出来ないルイに、またもや笑いが込み上げる。
シリウスは喉の奥でクックッと笑い声を零した。

「何だ??
向こうに何か居るのかよ??」
「ななななッ、何もない!!!
べつに何ッにもないから!!!」
「…そう言われると、
見たくなるってもんだろ!!」

シリウスはニヤニヤしながらルイの肩を掴み、何の力も入れずに簡単に彼女を脇へ退かした。
ルイは慌ててもう一度シリウスの前に立ち塞がろうとしたが、遅かった。

シリウスが目を丸くするのを感じる。
…ごめんなさい、リリー!!
ルイは心の中で謝罪した。

「…へーぇ、リリーとスニベルスってあんなに仲良かったんだな。初めて知っ…」

「何ィィィィィィィィィイイイイイッッッ!!!!」

「「!!??」」

突然、爆睡していた筈のジェームズが、怒鳴り声も高らかにがっばぁっと起き上がった。
ルイとシリウスは思わずビクリと肩を震わせて振り返った。

「ジ、ジェームズ??!」
「おまッ、起きてたのかよ!!?」
「認めないィィィィ!!!
僕以外の男とリリーからAとかBとかCとかやるなんて、絶──ッ対認めないィィィィ!!」
「お前一々表現卑猥なんだよ!!!」
「阻止阻止!!絶対阻止ィィイイイ!!!」

ジェームズは二人の居る方向に駆け出した。












「これ、返すわ。」

そう言って彼女が差し出したのは、前に自分が彼女の為に自分を犠牲にしてまで作ってあげた、『無抵抗主義の紳士薬』だった。
てっきり全部使い切っていたものとばかり思っていたので、セブルスは息を呑んだ。

「…いいのか??持っておかなくても…」
「えぇ。もうイザコザは懲り懲りだから。」

リリーはそう言って少しだけ口元に笑みを浮かべる。
彼女だって悩んだのだろう。
これがあれば、どんな男だってたちまちにレディ・ファーストのジェントルメンになれるのだ。

あの悪戯好きのトラブルメーカーの彼に日々追い掛け回されている彼女にとっては、喉から手が出るほど欲しかったシロモノだったろうに…



「…何となくだけど、気付いたの。」
「??…何をだ??」
「…私が…」



私が、本当に望んでいること。



彼女はそれだけ言うと、また笑った。
ルイが居なかった時の、華やかだけれども暗い笑みとは全く違う、吹っ切った笑みだった。



嗚呼、やはり昔も今も、変わらない。



迷って迷って、転んで滑って。
それでも、泥だらけになっても尚。
必ず彼女は、真実を見つけ出すのだ。
自分や彼らや、…彼女には出来ない位の誠実さで。



セブルスは軽く唇にこめていた力を抜いた。
笑顔、とまでも笑みとまでも行かない、ただ単に気を抜かしたような顔だったが、リリーは彼にとっては微笑みといえる位の快挙だという事に気付いていた。



セブルスはゆっくりと右手を上げ、彼女の手の平の上に乗っている、キラキラ光る小瓶を受け取────






「へーぇ、要らないんなら僕に頂戴よ。」






ひょいっ





リリーの手から小瓶が消えた。

「…………な…」
「…ッ!!ジェームズ!!?」

セブルスとリリーは弾かれたように振り返る。
彼らよりも幾分背の高いジェームズは、彼らの頭よりも少し高い地点で小瓶を振り、ポチャポチャと水音を立てて輝く液体を悪戯っぽい目で見ていた。







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