(…と、言われてもなぁ…)
昨日、試しに読んでみた精神障害の本の一節を、スラスラと頭の中で思い出しながら、ジェームズは苦笑いした。
薄情かも知れないが、それを本人が望んだというのなら、別に自分は構わない。
自分なら、わざわざ傷に塩を塗りたくる為に聖人面をして近寄って来る慈愛など、ひっぱたいてしまうだろうと思った。
…けれど。
今は、もう出来ない。
何故なら、自分はその慈愛に値してしまうから。
(だって、膿は抜かなきゃ痛いだろう??
…そう、君も思わないかい、ルイ。)
ジェームズは一人でクスクス笑いを漏らす。
周りの生徒が、怪訝な顔で自分を見た。
しかし、笑いは収まらない。
胃の辺りがヒクヒクと痙攣しているのが分かる。
自分はどこまでも瓢軽な奴だ。
今から次々と沸き起こる災難を、胸の中では小踊りするほど喜んでいるのだから。
「…ジェームズ??」
周りの視線と同じ様な怪訝な声で、誰かが自分を呼んだ。思わず零れた生理的な涙を拭い、ジェームズは振り返る。
「…ッあ??…あぁ、ムーニー、オハヨウ。」
「おはよう。唐突だけど…何で一人で馬鹿笑いしてるの??
正直気持ち悪いよ。周りの視線というのを君は知らないの??」
「知ってるなら、こんな馬鹿な真似はしないさ。」
また込み上げてくる笑いに、ジェームズは口をローブの裾で抑えた。リーマスは一瞬引いた。
「…そんな『
うわぁコイツ気持ち悪い今すぐに縁切った方が身のためかな』なんて顔しないでよ…流石の僕も悲しいよ。」
「え…だって
本当の事だし…」
「(
ムーニーの毒舌が嫌に心に刺さるのは何故??)」
いつもの腹黒さが控えられているからではないのだろうか。
「…よ、横、良い??」
「??」
ジェームズは首を傾げた。
いつもなら例え自分がNOといっても座る彼が、今日はわざわざ自分の承諾を得てきた。
良く見れば、彼の目は常に周りをキョロキョロと見渡している。
挙動不審な彼を初めて見たジェームズに、また笑いが戻って来そうだ。
「何か気になる事でもあるのかい??」
「う、ううん、何もない、よ…」
リーマスはおどおどしながら椅子に座った。
まるで何か起きたらすぎに椅子から飛び上がって逃げられるように身構えている。
思わず言ってやった。
「リリーはまだ来てないよ。」
「え!!?」
彼女の名前を出された過剰反応と安堵感に、リーマスは思わず声を張り上げた。
ジェームズは限界が来たのか、とうとうテーブルに突っ伏して笑い始めてしまった。
「わ、笑うこと無いじゃないか!!」
「っくく…だっ…だってムーニッ…滅茶苦茶挙動不審なんだも…」
こんな感じに、と、ジェームズはリーマスの真似をした。
リーマスはジェームズの目を眼鏡ごとかち割ってやりたい衝動に駆られた。
「ははは…昨日も言っただろう??
相手はリリーなんだから、そんなに怖がらなくてもいいって。
拳の一つや二つ降って来るのは仕方ないとしてね。」
「それはもう覚悟してるけど…やっぱりその…怖いって、いうか…」
ジェームズから貰ったパンを手の平でコロコロ転がしながら、リーマスはモゴモゴ呟いた。
その仕草にまた笑いの第二波が来たが、流石に二度もやると自分の命が危うい。
「まぁ、その時はその時だよ。
一応僕としては、リリーの中の僕の株が上がった事で、君に感謝までしてるけどね。」
バシャ、という水音と共に、水の冷たさで眠気はどこかへ逃げていった。
真っ白なタオルで顔を拭けば、水はすぐに繊維の集合体へと吸い込まれていく。
顔を上げ、目の前にある鏡を見つめた。
白いうねりの中から、エメラルドグリーンの目が自分を見据えている。
もう一度、肌が赤くなるのではと思う位、顔をゴシゴシと強く擦った。
その顔には、決意が表れていた。
「あ、おはようパッドフット!!」
「はよ…お前等相変わらず早ぇな…」
「おはようシリウス。」
「おはよ。」
欠伸をかみ殺しながら、シリウスは二人の向かい側に座る。
彼がいつもと同じ様に返事を返してくれたことに、リーマスは安堵を覚えた。
『ピーターは??』と聞くと、『まだ寝てたから置いて来た』らしい。
起こさなくて良かったのだろうか。
「…二人とも、ちょっと良い??」
ふいにジェームズが声を潜めた。
一瞬で緊迫する彼の表情に、二人は彼が何について話し合いたいかを察した。
「…ルイのことか。」
「うん。」
今のルイに、自分達についての記憶は一切残っていない。
むしろ、今の彼女の体に存在する人格さえも、ルイであることを疑いすらするべき状況にある。
「精神的にも幼い、語彙が少ない、常に誰かにくっついていないと安心できないのに、人間が触れることを酷く怖がる。
まるで小さな子供みたいだってマダム・ポンフリーも言ってたよ。」
「…典型的な『退化現象』だね。」
「タイカ…??」
ポツリと呟いたリーマスに、ジェームズとシリウスは首を捻った。
「人がストレスを感じたときの、発散方法の一つだよ。
ここまで激しい『退化』は珍しいんだけどね。
子供みたいに振舞って、嫌なことやストレスを忘れようとするんだ。
ジェームズがさっき話してくれた『解離性同一性障害』は、きっとこれにも深い関係があるんじゃないかな。」
「そうか…PTSDは『解離性同一性障害』とも、ムーニーのいう『激しい退化現象』とも共存してるってことか。」
「…お話中悪いんですが…その解離性云々って何だ??」
「「じゃあ黙ってろ。」」「…」
お馬鹿なシリウスは、二人の高性能な会話についていけなかった。
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