僕等は 彼女に出会った
彼女は 僕等の中の色んなガラクタを
微笑んだまま 持ち去ってしまった
だから僕等は こう呼ぶ事にしたんだ
「なぁ、ポッター。」
「何??」
こっちを物珍しそうに見ていたグリフィンドール生の一人が、ヒソヒソ声で話しかけてきた。
あまり干渉して欲しくはないと思ったが如何せん、顔は笑顔を浮かべた。
『俺の友達から聞いたんだけど…
…ルイっていうグリフィンドール生、記憶喪失になったって…本当なのか??』
…一体どこから漏れたのだろうか。
ジェームズは顔が引きつるのを感じた。
『結構噂になってるぞ??
スリザリン生に襲われたとか、闇の魔法使いに操られてたからだとか…』
ジェームズは苦笑いをしたが、当の彼は真剣な顔で、目を爛々と輝かせている。
いつの間にか、話に尾びれ背びれだけでなく、飾り帯と金銀ラメ入りになった様だ。
『本当のところどうなんだよ??』
やはり気になるのか、他のグリフィンドール生達も聞いていないフリをして聞き耳を立てている。
野次馬共が、なんて、心の中で密かに中指を上に向けながら。
「…さぁ?
惚れ薬でも盛られたんじゃない?」
と、いつもの様におどけて見せた。
相手は馬鹿にされたと勘違いしたのか顔をしかめ、『情報どうもありがとう』とだけ呟いて乱暴に椅子から立ち上がり、さっさと向こうへ行ってしまった。
ジェームズはヤレヤレ、とばかりに肩をすくめ、ガシガシと四方に跳ねる黒髪を掻く。
「『記憶喪失』、かぁ…」
ハァ、とため息が出てきた。
ジェームズは一人、思わず苦笑した。
「…弱ったなぁ…」
彼の苦悩は、二日前から続いている。
今日から数えて二日前。
ルイが、目を覚ました日から。
『ルイ…ッ良かった…!!
目が覚めたんだね…!!?』
思わず涙声で叫んだ。シリウスとリーマスの顔にも、安堵の表情が浮かんでいる。
しかし、ルイは笑わなかった。
いつもの彼女ならふやけた笑みを返すはずなのに、その顔に笑顔は浮かばない。
困惑と畏怖と驚愕とが混じり合った複雑な表情のまま、ルイはその褐色の瞳でジェームズを見つめたままだ。
『…ルイ…??』
『ッどこか悪い所でも…』
シリウスが駆け寄り、彼女に触れようとした。その瞬間、ルイの肩がビクリと大きく震えたのが、大分離れた場所にいたジェームズにも手に取る様に分かった。
彼女の体が、シリウスの手からスルリと逃げる。
『なッ…』
『…や…だ…』
『…!!?』
絞り出された否定の言葉に、シリウスとリーマスは息を呑んだ。
ルイは真っ白なシーツで自分を隠す様に包まり震えている。まるで小動物の様だ。
彼女は、酷く小さな声で呟く。
その言葉は、自分が抱いた微かな希望と、そして共に抱いていた微かな確信を、現実にするものだった。
『…だ…れ…??』
『解離性同一性障害』。
PTSD…心的外傷後ストレス障害と密接な関係を持つこの障害は、互いに共存しあう運命共同体と言っても過言ではない。
自分の精神状態を著しく悪化させる事態に追い詰められたPTSD患者は、己の精神衰弱を免れる為に、一時的に別の人格へと変貌する。
その時の動作、思考、精神状態を、別人格へ分離する事により、あたかも心的障害が起こらなかったかの様に振る舞うのだ。
(因みにこの動作をスイッチングというらしい。)
幼年期に大きな心的外傷を受ければ受けるほど、患者はフラッシュバックなどによる精神損傷を免れる為に、無意識にスイッチングを行う。
身体的または性的虐待を受けた子供には、特にスイッチングの回数が多いと呼ばれている。
解離性同一性障害は記憶喪失とは違う。
記憶喪失は、事故などにより脳の重要機関が損傷する事によって起こる。
然し、解離性同一性障害は違う。これはいわば、精神の無意識下における義務的な消去作業なのだった。
[次へ#]
[*前へ]
[
戻る]
[
TOPへ]