happy days | ナノ


□happy days 27
172/497






「………シリ、ウス…??」

か細い声が、扉の方から聞こえた。
ゆっくり振り返ると、そこにはリーマスがいた。
肩で息をしながら然し、医務室に入る事を躊躇ってさえいたのだろう。

そして、リーマスは見たのだ。

人混みの中、
お母さんを見つけた子供の様に、
泣いてしまいそうな顔をした、彼を。

シリウスの泣いた顔など、見た事がなかった。
良く彼をいじめるが、その時の涙とは違う。
そして、彼が泣いている理由も自分が造り出したのかと思うと、胸がまた苦しくなった。

ああ、自分はこんなにも、
今まで培って来た物を壊してしまった。
自分を受け入れてくれた物を、
自分は自ら、突き放してしまった。

自分が大切と思った物を。
自分は、粉ごなにしてしまったのだ。






「………ッシ…シリウス…」
「…忘れ物を、して、来たんだ…」
「…………え…??」

罵倒されるのを覚悟し、ギュッと目を瞑ったが、思いがけない憔悴しきった声に、リーマスは思わず聞き返す。
声を発した張本人は、その灰色の瞳を曇り空の様に濁らせたままリーマスを見ている。
涙で濡れたその顔には、溢れんばかりの生に満ちた輝きはない。
リーマスは、彼は今に死んでしまうのではないかと思った。
彼は、まるで夢を見るかの様に呟く。

「小さい時に…忘れちまったんだ…
大切な…大切なものだったのに……
今……思い出したんだ…」
「……何…を…」
「…大切、だったのに…
俺の命位、幾等捧げたって構わねぇ位、
大事な、大事な、ものだった、のに……!!!」

彼の声がくしゃりと潰れた。
恥ずかしげもなく顔を歪ませる彼の肌を、悲しい雫は刻々と跡を遺して行く。



「俺は、守れなかったんだ。

アイツを忘れないって約束したのに、

見付けてやるって、誓ったのに、

俺は、約束を、忘れちまったんだ…」




そう、思い出したのだ。
あの日の事も。
彼女が彼女でなくなった日の事も。
悲しみに耐えられずに、
自分が、彼女を忘れてしまった事も。

いつも大きく見えていた彼が。
とても、小さな存在に見えた。
朗らかに笑っていた彼は、今、笑顔を忘れて泣いていた。



リーマスはシリウスに近付いた。
蹲り、小さく体を丸めている彼を、リーマスは優しく包み込んだ。
彼も、悩んだのだろうか。
彼も、苦しんだのだろうか。
自分と同じ痛みを抱えて。
それでも、笑っていたのだろうか。



「…シリウス、は、悪く、ない……」



リーマスは、震える声で呟いた。
小さく丸まる灰眼の少年は、普段なら決して寄りかかるはずもないだろう、親友の胸に頭を預け、ひとしきり涙を流す。

「…シリウスは、悪く、ないよ……ッ」

また自然と、涙が流れて来る。
自分もシリウス同様顔を歪ませている事に気付かず、リーマスはただただシリウスを抱き締める。
迷子をあやす様に。
子供を慰める様に。
小さくなってしまった体を、抱き締める。

「…ごめ…ん……」

口から出るのは、心からの言葉。
抱き締める力は、心からの謝罪。

「ごめん…ね…ッ…」

願わくば、彼の痛みが消える様に。
願わくば、彼の悲しみが癒える様に。

「ご、め…ん……ッごめん…ね…!!!!」

同じ痛みを抱える彼の悼みが、
少しでも自分に移れば良いのにと。






ジェームズはその場に立ちすくんでいた。
シリウスがリーマスの胸で泣いているのにも、そしてリーマスが泣いているのにも驚かなかった。
二人は、外見こそ違う。
けれど、彼等はとても似ているのだ。

自分の様な安全な生活を送って来た者には分からない、深い、深い、消えない悼み。
それを彼等は抱えている。
自分は、理解する事が出来ない。
けれど、彼等の傷の悼みを、少しでも和らげる事が出来たのなら。
自分は、それだけで幸福なのだ。

ジェームズは、医務室に入ろうとした。
しかしその瞬間、
………………足を、止めた。








[次へ#]
[*前へ]



[戻る]
[TOPへ]
bkm





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -