己の存在を抹消し、
伝説という不確定な現実の中に生きる生き物。
朝の霞より清らかな露で喉を潤し、
夜の闇に煌めく星屑を糧とする生き物。
とてつもなく神聖で、
とてつもなく孤独で。
この世で最も美しい生物として崇められ、
誰の愛も受ける事なく、
ただ神秘というベールに縛られて、
そのまま時の中へ消えて行く。
けれど彼女は…
それを、望んではいなかった。
どんなに儚くてもいい。
どんなに無常でもいい。
この世界で一番大切な人と、
同じ時間を歩んで行ける、
その喜びさえあれば、
後は何も要らないのにと。
彼女は自分に与えられた短い時間の中で、
そう、願い続けて居たのだろうか。
「リーマス。」
ふと名前を呼ばれて我に返る。
ん??と小首を傾げるのは、
何処か光のない目をした、自分の大切な人。
…どうして彼女は、ルイが嫌われる事を酷く恐れていたのだろうか。
この笑みの裏に、一体何が居るのだろうか。
ほんの少しの好奇心。
たった一滴の探求心。
その時はまだ、知らない方が良かったなんて言葉を知っている筈もなくて。
「……ううん、何でもないよ。」
軋み始めた銀の歯車は、
静かに静かに狂って往く。
朝食ももう終えようかと思った頃、顔に青痣をつけたシリウスが、申し訳なさそうに半泣きな顔をしたピーターを連れて大広間に入って来た。
ピーターの口がしきりに謝罪の言葉を並べ立てているのが、扉から大分離れたこの席からでも充分分かった。
ピーターは寝相が悪い。それも半端なく。
寝ているからという口実を知っているのか居ないのかは良くわからないが、まるでいつものとばっちりの仕返しの様に、起こしてくれる人間に対して殴るや蹴るやの大暴行を働いてくる。基本Tライン(顔以外)しか狙って来ないので、そこは彼なりの無意識の配慮と言えよう。
いつもの様子からは想像もつかない程の超スピード踵落としが、リーマスの中では今の所最強だった。
ちなみにリーマス達の部屋の朝は、まず誰がピーターを起こすかという運命の選択から始まる。
大概はシリウス。たまにジェームズ。幸いな事にリーマスはあまり、というかほとんどピーターを起こしたことがない。
シリウスは不機嫌そうにドカッと椅子に座った。今日は運が悪かったらしい。
リリーやルイはともかく、ジェームズとリーマスはもうこの光景に慣れっこになっている。
「今日のピーターの蹴りはいかがでした??」
ジェームズがおどけた様に馬鹿丁寧な言葉でシリウスに聞いた。
「左頬に素ン晴らしいハイキック。
お陰で素ン晴らしく目が覚めました。」
シリウスはムスッとした顔で呟いた。
リーマスは軽く笑い、改めてシリウスに『おはよう』と声をかけた。シリウスは『あぁ』と言葉少なに答えた。
シリウスの灰色の瞳はすぐにリーマスの隣のルイへと移る。ちょうどルイも、リーマスの質問責めから逃げる為にスープ皿と睨めっこさせていた目を上げた。
するとシリウスは何を思ったのか、悪戯っ子の様に口許を上げ、ほくそ笑みながら、
「オハヨウ」
と、ルイを見て言った。
途端にルイはパッと顔を赤くし、折角上げた目をまた元の位置に戻しながら、『オハヨウ』とモゴモゴと呟いた。
不機嫌そうだったシリウスの表情が一変し、絶えず意地悪そうな笑みを浮かべてルイを見る。
ルイの顔は益々赤くなり、思わずスープにむせてしまった。
リーマスが慌てて背中を摩ってやる。
それでもシリウスのニヤニヤ笑いが止まらなかったので、リーマスは腹いせにシリウスの足を思いっきり踏みつけてやった。
痛みでシリウスの全身の毛が逆立った。
リーマス以外のみんなは首をかしげた。
リーマスは顔だけを始終ニコニコさせたまま、ぐりぐりと体重をかけてシリウスの足を踏み続けた。
シリウスはある意味気持ち悪いともとれる奇妙奇天烈な動きをしながら痛みに悶えた。
「シ、シリウス??」
さすがに引いたのであろう、ジェームズが顔をヒクヒク引きつらせながらシリウスの名前を呼ぶ。
シリウスはとりあえず大丈夫なことを首をブンブン縦に振って伝え、リーマスを恨みがましい目線でキッと睨んできた。
リーマスは知らん顔をした。彼にとってルイがシリウスを見て顔を赤くすることなど、物凄く嫌だったのだ。
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