happy days | ナノ


□happy days 10-B
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まぁ、そんな所に自分は惹かれたのだけれど。

しゃくり上げるルイを、シリウスはただ優しく見つめる。
同時に、ルイ・ホワティエというこの少女は、こんなにも小さな存在だったのだろうかと改めて思う。
一体何度悲しみで震えたのか分からない肩は驚く程華奢で、ローブの袖から見える手首は細く、雪の様に白い。
なのに、その顔を赤くして泣く彼女を見ると、途徹もなく自分が情けなく思えた。

彼女の何を見ていたのか。
彼女の何を知っていたのか。
そんな嘲りの言葉が今になって苦しいほど彼の胸を締め付ける。
リーマスにあんなに偉そうにタンカ切った癖に。
セブルスにあんなに自信ありげに言い切った癖に。
つくづく自分の未熟さを実感する。
こんなふがいない自分が、彼女を好きでいて良いのだろうかという気にさえなる。

感情のベクトルは、いつも真っ直ぐ行く筈はない。
時に真下へ、時に真上へ。
相手に一寸の狂いもなく正確に伝えるということは、まだ未熟な自分には無理な事だと言えるだろう。
きっとセブルスも四苦八苦して今のベクトルの方向を勝ち取ったのだと思うし、リーマスも自分よりもっと効率の良い方法で、狂ってしまった方向を戻すことにしては上手だ。
彼女の感情のベクトルはまだ、誰にも向けられてはいない。残念な事に……彼女のベクトルの正反対な座標に、自分は位置しているといっても過言ではない。

そしてアイツには…ザリスには、もうルイから向けられるベクトルは存在しない。
それは小気味良い事でもあるし、そして同時に可哀想な憐れみの気持ちで胸がいっぱいになる。
例えどんな感情のベクトルであろうと、まだ自分に彼女のベクトルが向けられている事に安堵さえ覚えた。

もしかしたら、いつかは自分にも、彼女のベクトルが向けられないという残酷な日が来てしまうのかもしれない。
もしそうなってしまったら、自分はどうしたら良いのかという解決策なんて、その時のシリウスにはきっと考えられない事なのだろう。
人間の感情のベクトルなんて、酷く移り気で残酷で、どの瞬間に何のベクトルが自分に向けられてしまうかなんて神じみた事、愚かな人間の自分には分かる事なんて一生ない。
ましてやそのベクトルを変えようなんて、自分には一生…いや、この命をかけたとしても無理な話だ。

どれだけ彼女に大切に想われたとしても、きっと自分の欲望は尽きる事はない。
ワガママな子供の様な…いや、大人を試している子供に似た好奇心だと思った。
いい加減にしなさいと言われない限り、じゃあこれは??これはどう??じゃあ…と、堂々巡りな欲望なのだ。

神様なんて物を信じた事はあまりないが、"願わくば"と思う。
そんな自分がまだ、この儚い彼女を守りたいと思っても、神は自分を許すだろうか??
まだ何も知らず、誰の苦しみにも気付かず、共感の1つも出来やしない自分が、傷つけられ過ぎた大好きなこの少女をずっと想い続けて行きたいと思ってしまっても、神は自分を罰しないのだろうか??

けれど、この世に神という奇跡的な存在が居るのだとしたら………

きっと…



意識を目の前へ戻すと、漆黒の長い髪から赤いガーネットの様な輝きが見えた。
その輝きはシリウスを嘲る様に、ルイのカラカラに干からびた血でより一層美しさを増している。
シリウスは、その輝きから目を離さない。
美しい黒の流れにただ煌々と光る赤い星。
いつか見た、異国の絵本に出てきた蠍の星に似ている、とシリウスは思った。
まるで、それは神の片目。
挑発する様に、哀れむ様に、そしてどこか優しげに、その光はシリウスを見つめている。
ルイの髪が揺れた瞬間、その片目がウィンクした様な錯覚を覚えた。
その輝きに、シリウスは思わず微笑する。

きっと。
例え、世界の全てが変わってしまっても、
自分は絶対に、目を背けたりはしない。

例え、彼女が自分を忘れてしまっても、
自分は絶対に、慈悲を乞いは、しない。



「……し…りうす…??」
「…ゴメンな。
気付いて…やれなくて。」

素直に出てくれた謝罪の言葉に涙さえ覚える。いつもこの位素直でいられたら、きっと彼女に気持ちを伝えられるのに、と思った。

耳を隠す髪を耳にかけ、今度は痛みを与えぬ様ゆっくりと触れる。

ルイは初めて、シリウスの灰色の瞳を綺麗だ、と思った。
胸が少しだけ、高鳴った。



シリウスはルイの耳にそっと唇を寄せ、



それは獣が己の仲間を癒すかの様に、






ペロリ、と、舐めた。











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