◆やっぱり…
2015/05/23 22:57

賑やか。
一言で感想を述べるならそこはそういう場所だ。
「おやじさん、今日も繁盛しているな」
「おぉ! シワスか! らっしゃい! いつものか?」
「あぁ、頼む」
常連、なのだろう。
シワスは店の主人と言葉を交わし、セキラを手招いて席へ導いた。
「……なんで飲み屋なんですか」
キレは無いがようやく彼らしい呆れたツッコミにシワスは内心安堵しつつ、着ていたコートとスーツの上着を脱ぐ。
「まぁ、そう言わずに付き合ってくれたまえ」
仕事終わりの一杯は上手いぞ〜と言うとセキラは苦笑いを浮かべながら腰を下ろした。
付き合ってくれるらしい。
そこへ日本酒が二合運ばれてきた。
おつまみの焼き鳥や漬物も届く。
……おやじさん、さすが分かっているじゃないか。
「お前ももう二十歳だろう? 一度ゆっくり飲みたいと思っていたんだ」
トクトクトクとお猪口二つに酒を並々と注ぐ。
一つをセキラに差し出し、もう一つは自分に。
……もちろん、今のも本音だ。
だが、それ以上にセキラが心配だった。
何かと抱え込むことが多い彼。
大切な後輩だけに何とかしてあげたかった。
「……」
セキラは何も言わなかった。
シワスはもう一押しする。
「……たまには酒の力を借りるのも悪くないぞ?」
その言葉にようやっとセキラはお猪口へ手を伸ばした。
シワスは満足気に笑い、自分も酒を飲む。
美味い。
焼き鳥も口に入れた。
甘辛いタレが口内に広がっていく。
その時、ふと自分の左手にセキラの視線を感じた。
シワスはなんだ? と片眉を上げる。
「……そういえば、シワス先輩、結婚されていましたね」
なるほど、とシワスは納得した。
彼が見ていたのは指輪だ。
左薬指にはめられたシルバーの指輪は、当然、結婚した証である。
大学を卒業してから実家へ(渋々と)戻ったシワスは、その後教師として働きつつ、その傍ら跡取りの役目としてお見合いもしなければならなかった。
元々家柄が良いせいかそれで寄ってくる人たちばかりで、シワスはその理由で来た彼女たちをことごとく断った。
このワガママめ、と父親に怒られたこともある。
が、仕方ない。
嫌なものは嫌なのだ。
そんな中、一つだけ他とは違うお見合いがあった。
家柄ではなく、シワス自身を見てくれた女性がいたのだ。
それが今の妻――セツだ。
……まぁ、その話は今は置いておこう。
とにかく重要なのは、シワスには既に愛するパートナーがいる、という事実だ。
「なんだ? セツのことを聞きたいのか?」
水を得た魚、とはまさにこの事ではないか。
酔いに加えお喋りな性格も災いしてシワスはセツのことを語り出した。
だらしなく緩んだ頬、というオプション付きである。
「セツはなぁ……私には勿体無いくらいの良き妻だ。苦労をかけさせて申し訳ないと思っている。世継ぎや家のプレッシャーがあるだろうに文句の一つも言わん。出来た妻だよ、本当に」
優しげに細められたシワスの表情を見てセキラは思った。
その“プレッシャー”から守っているのは紛れもなくシワスだ。
彼自身が破天荒な行いをしているからかもしれないが、家のことを気にしなくて良い、と常に妻の味方なのだろう。
……お見合いとはいえ、二人は互いを想い愛し合っている。
(……良いなぁ……。)
酔いの回った頭でぼんやりと先輩を羨んだ。
それに反して、僕は――。
女性は選り取りみどりだ。
それなのに……それなのに……っ!!
「たまには孝行しないといけな――」
「僕の方が自由に恋愛出来るのに」
「……?」
突如、低い声でセキラに遮られシワスは口をつぐんだ。
ガラリと変わったセキラの雰囲気に冷や汗を流す。
次の瞬間、ダーン!! とセキラが自分のお猪口をテーブルに叩きつけた。
シワスはますます竦み上がる。
何か地雷を踏んだのだろうか。
シワスは「セキラ?」と名前を呼ぼうとした。が、
「なんで僕は幸せになれないんですかっ?!」
「はぁ?!」
ぶわぁっ!! と泣きながら叫ばれた後輩の言葉に思わず驚嘆が飛び出した。
セキラはお猪口に酒を勢いよく注ぐとグイィィイとイッキ飲みする。
シワスは口をポカーンと開けた。
……え、ちょ、おま、誰?!
「だいたいさぁ、最初に彼女を見つけたのは僕なんだよぉ。なのに……」
と今度は怒り顔で愚痴をとめどめなく言うセキラ。
若干目の焦点が合っていない。
(喜怒哀楽が激しいな?! というか、まさか、セキラは酒に弱い?!)
まだお猪口一杯(いや、今ので二杯か)しか飲んでいないはずだ。
酒の力を借りるのも悪くない、とは言ったが、セキラがここまで弱いとは思わなかった。
……こんなセキラ初めて見た。
それはセキラの意外な一面を知った喜びではなく、驚き。
若干引いてもいる。
未だセキラはブツブツ呟いている。
その内容からどうして彼が荒れているかを何となく察した。
「おいおいおい……カヤくんとヨヒラちゃんと何かあったのか?」
瞬間、ピタッとセキラは静かになって止まった。
と、思ったら、ゴツン!! と勢いよく机に額を打ち付ける。
そして顔だけこちらに向けてきた。
……えぐえぐえぐ、と大量の涙と共に。
「嫌われました……」
「はぁあ?!!!」
これには思いっきり叫ばずにはいられなかった。

(続く)






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