前世:開戦
第4次忍界大戦が始まる。
5大国の忍が一堂に会し、各隊ごとに整列して並んだ。こんなにも多くの忍が同じ方向を向いて集合することは忍の歴史上初のことである。隠れ里のマークではない『忍』という文字が刻まれた額当てを着け、皆心は1つだ。歴戦の忍たちは慣れた様子で、戦争を初めて経験するナマエたちのような10代の忍は非現実的なこの状況に浮足立っている。
「皆の力を貸してくれ!」
連隊長である我愛羅の演説に感化された忍たちが、うおーっと雄たけびを上げて拳を突き上げた。その隣では、揉めた他里の忍と仲直りする者もいる。
戦闘中距離部隊である第1部隊へ配属されたナマエは、我愛羅の演説を黙って聞いていた。ここにいる者は皆暁に傷付けられたただの忍同士。開戦に向け身が引き締まる思いだ。
――戦争が、始まるんだ。
17年生きてきて、戦争に参加するのは初めてだった。木ノ葉崩しや暁の襲撃で死線は何度もくぐり抜けてきた。忍という生き方を選んだ以上、いつ死んでもおかしくはないと、そう思って生きてきたつもりだった。
演説を終えた我愛羅から目線を外して、そろりと辺りを覗う。第1部隊である自分の位置からは第4部隊の隊列は遠く、誰が誰だかわからない。
戦闘特別部隊である第5部隊が移動を始めるのを見て、それに乗じてナマエはすっと隊列から抜けた。
柄にもないことはわかっているし、忍世界の命運がかかっている大きな戦の前であることもきちんとわかっている。決してこの場に酔っているわけでもこれから死にに行くつもりもないのだが、突然好きな人を一目見ておきたくなった。
戦闘スタイルから別の持ち場であることはもとよりわかっていたことだ。影を遣い、持ち前の天才的な頭脳で戦略を練る彼は遠距離タイプ。かくいう自身は中近距離タイプ。本来は第3部隊所属のはずだったが、第1部隊に医療忍術を使える者が少なかったのでこちらへの配属となった。
人を避けていくと、見覚えのある1本結びの後ろ姿をすんなり見つける。なぜだか泣きそうになるのは、やはり初めての戦争で不安がいっぱいだったからか。胸に手を当てて息を吐いて気を落ち着かせる。
「シカ……、」
「我愛羅が第4部隊長だが、あいつは連隊長でもある。代理だが実質はお前が第4部隊長だ。」
ナマエの声はシカマルの隣にいるテマリの声でかき消された。シカマルのことしか見えていなかったので、テマリの存在にまったく気が付いていなかった。
「めんどくせーとこに配属されちまったぜ……ったくよォ……。」
肩を落とすシカマルに、テマリはニカッと笑って雑に背中を叩いた。
「しっかりしろ!見込まれてるってことだ。」
「ま、やるしかねーよな……。」
気合が入ったのか、若干凛々しくなったような気がするシカマルの横顔が見えた。
忙しい自分の感情に追いつけなくなり視界がグニャリと歪んだように見えたのは一瞬だった。不安、焦燥、安堵、ときめき、そして嫉妬の感情がゆらめき、ナマエは振り切るように自身の持ち場へと戻った。
ナマエが第1部隊の隊列へ戻ると、キョロキョロあたりを見回すテンテンを見つけ、ポンと肩を叩く。
「誰を探してるの?」
「ナマエを探してたのよ!どこ行ってたの?」
「どこって言われると……説明が難しいな。」
本当はシカマルの顔を見に第4部隊へ行って逃げ帰ってきたのだが、そんなことは言えなかった。
「まったくマイペースなんだから!これから戦争が始まるんだからしっかりしてよね。」
「ん、しっかりしなきゃね。」
戦争前に好きな人と恋敵のことで悩むのは不謹慎な気がして、無理やり意識を目の前のことに戻した。
第1部隊は熾烈な戦いを強いられた。
穢土転生による奇襲は、金角・銀角を始めとして歴代最強クラスの忍ばかり。数は忍連合軍が勝るものの、不死の身体を持つ腕利きの忍を前に多くの犠牲者が出た。
銀角を封印できても、金角が尾獣化したことで手が付けられない状況になった。
「みんなやられちゃった……!たった1人に……!」
「テンテン、下がって!また来るよ!」
テンテンもナマエもかろうじて生きてはいたが、逃げるのに精一杯で尾獣化した金角をどうすることもできない。ナマエは第1部隊の要であるダルイを治療しながら、災害のような攻撃を避け続けるしかなかった。
「木ノ葉のえっと……、」
「ナマエです!」
「ナマエ、治療は後だ!今こいつの動きを止められるのは俺しかいねぇ。」
「でもこのままでは失血死しますよ……!」
チャクラでできた尾がムチのように飛んでくるのを受け止めいなしながら、ダルイはどくどくと横腹から血液の流れを感じた。ナマエが必死に食らいつきながら隙を見ては止血だけするものの、多くの忍が倒れた今隊長であるダルイが金角を止めるしかなかった。
「ナマエっ!危ない!」
ダルイのそばにいるということは、金角の攻撃範囲にいることと同じだ。
1番長く鋭い尾が、ブンと勢いつけてナマエのもとへ飛んできた。テンテンが叫ぶのと同時に、ダルイに引っ張られ攻撃はギリギリ回避できた。しかし、続けざまにくる短い方の尾が、バランスを崩したナマエの目の前に飛んでくる。禍々しいチャクラの衣をまとったそれは、燃えているように見えた。
あ、やばい、と思った瞬間に、ナマエの身体は自身の意思と関係なく引っ張られるように動く。尾から遠のきながら、ダルイとその場にいなかった黄ツチが飛んできた尾を受け止める様子が見えた。
ぽすんと背中を受け止められ、慌てて振り返る。
「シカマル!?」
「影寄せの術。……ったく本当に危なかっしいヤツだな。」
ナマエを攻撃から物理的に引き離したのはシカマルだった。その後方にはいのとチョウジもいる。
「え、増援?」
「連合本部――っつーか親父の指示でな。」
「そうなんだ……、」
ひとまずダルイの他にも増援黄ツチらが金角の尾を一時的に止めることに成功しておりほっと息を吐く。
「ナマエさんがピンチってわかった瞬間、シカマルすっごい速かったんだから!」
いのが含みのある言い方でニヤニヤとシカマルを肘で小突く。
「あのなぁ、」
「シカマルは頭の回転早いからね、助かったよ。」
「あーナマエさんあのね、わたしが言いたいのはそういうことじゃなくって!シカマルがヒーローみたいだったでしょう?ナマエさんの!」
いのがずいとナマエへ近付いたので、その勢いに一瞬呆気に取られるもクスリと笑う。
「シカマルはわたしのヒーローだよ、ずっと前から。」
「!」
「わたしも守られてばっかじゃダメだね。」
ナマエはにこりと笑うと、シカマルから離れてさっそうと戦場へ走り去っていく。ダルイを連れ出して医療忍術を施し始めた。
「何今の。脈アリってこと!?」
「ったく……、俺たちも行くぞ!」
「うん!」
軽口を叩きながらも猪鹿蝶の3人は金角に狙いを定めて、親から受け継いだ猪鹿蝶の絆の力を発揮するため駆け出した。