現世:恋人



 入学式から約1か月。
 オリエンテーションも履修登録も終わり、ようやく本格的な授業やサークル活動が始まる。

 ナマエは友人に誘われて参加したサークルの新入生歓迎会でとある女性と仲良くなった。名前はテンテン。ナマエを見た瞬間に混乱と感動が一気に押し寄せた表情をし、熱烈な歓迎を受けてその飲み会の最中はずっとテンテンと一緒にいた。
 この大学の薬学部にどうしても入学したかったナマエは、1年の浪人を経ていた。テンテンはストレートで文学部を合格していたため、学年は違うが同い年だった。

 結局そのサークルには入らなかったが、テンテンと仲良くなってナマエは大満足だった。今日は授業後、テンテンと大学内のカフェテリアにて2人でささやかなお菓子パーティーをしている。

「入学式で告られたの!?」

「そうなの。たぶん何年か前に会ってた人みたいなんだ。言われてみれば懐かしい感じがしたし。」

「へえー……ナマエってモテるんだ。そういえば恋愛の話はあんまりしたことなかったわね。」

 たしかに木ノ葉でも……とブツブツ言っているテンテンに、ナマエがコノハ?と聞き返すと、慌てて首を横に振った。

「あんまりっていうか、恋愛の話したことないよね?ていうか会うの今日で3回目だし。」

「そ、そうね、そうよね!」

 テンテンが勢いよく頷くので、ナマエはふふと笑う。
 
「その人ね、なんかね、少し……なんていうんだろう。ざわざわしたんだ。」

「そういうのをときめくって言うんじゃないの?」

「彼氏がいるのにときめいてちゃダメでしょ……。それに、テンテンと初めて会った時も同じ感じだったんだ。」

「え、それって……、」

「テンテンにもときめいてたのかな。わたしって気が多いね。」

 おちゃらけながらも照れたようにはにかむナマエが、ある一点を見つめてはっとして机に伏せるように上体を低くした。

「わ、どうしよう。あの人やっぱりこっちのキャンパスだったわ……。」

「え?告ってきた人?どの人どの人?」

「わー!やめて振り返らないで。あの人ともう関わりたくないの……!」

 テンテンは野次馬根性でナマエに告白してきた人の顔を一目見ようと、ナマエがはっと視線を寄越した先を観察した。

「え。嘘……、シカマル……?」

 テンテンがぽつりと小さく呟いた。ナマエはテンテンの驚きの理由がわからず、どうしたんだろうと立ち上がるテンテンの後ろ姿を見た。

「ナマエと……テンテン!」

「えー!シカマルもなの!?」

 近づいてきたシカマルとテンテンが、まるで旧友に再会したかのようにしているのをナマエは驚きながら眺めた。そういえば自分と初めて会った時もテンテンはものすごくテンションが高かったなと思い出す。

 ――ていうかこの人、シカマルっていうのか。

 シカマル、となぜか自分にとって舌馴染のいい言葉を口の中で転がす。
 2人のよくわからない会話を少し離れたところでぼーっと聞きながら、「ナルト」という言葉を拾ってラーメン屋の話でもしているのだろうかと思った。

「ナマエのことを好きだったの知らなかったわ。ナマエも知らなかったんじゃない?」

 テンテンの言う『ナマエ』が自分の名前であるのにも関わらず、なぜかその響きが自分の名前と思えず、ナマエは蚊帳の外のような気分になった。

「……さあ。どうだったんだろうな。」

 突如として空気はしんみりしてしまい、ナマエはわけがわからないが居ても立っても居られなくなり、立ち話したままの2人の間に割って入った。

「テンテン、この人と知り合いなの?」

「あー、そうね。知り合いなの。」

「ふうん……。」

 ナマエは警戒心むき出しでテンテンの後ろに隠れるようにシカマルを見た。そんなナマエの態度に肩透かしを食らう。告白を突然してしまったが、積極的コミュニケーションを取るタイプでないシカマルの懐にあっという間に入った人懐こいナマエと同じ人と思えない。

「取って食いやしねえよ。」

「!そんなふうに思ってないよ!……ただ、あの、この間の返事をしたくて。」

 テンテンの手前今ここで振るのは申し訳なくてできないが、ナマエには高校時代から付き合っている彼氏がいるため、告白されて宙ぶらりんなままでいたくなかった。

「……まあまた今度な。そうだ、連絡先教えろよ。」

「うーん……彼氏に悪いから、やめとく。」

「彼氏!?」

 すぐさま返事をしてこようとするナマエに嫌な予感がしたシカマルだったが、まさか彼氏がいるとは思わず素っ頓狂な声を上げた。いてもまったくおかしくはないのだが、忍世界ではシカマルの見ている限り恋人がいたようには見えなかったので、当然フリーだと思っていたのだ。
 驚きすぎているシカマルに、失礼すぎるとナマエは睨みつけた。

「わたしに彼氏がいちゃおかしい?」

 ナマエはシカマルのことをいい加減な人間なのではないかと思い始めた。真剣な表情も、感じた胸のざわめきも気のせいで、ひょっとしたらチャラくてイケそうな女を引っ掛けたかっただけなのでは……と。

「違う……考えてもみなかったんだ。」

 大真面目な顔で言われ、え、失礼すぎ……?と再び睨みつけようとするも、シカマルのショックを受けている表情を見て戸惑う。なんらかの理由があって、自分には恋人がいないと思われていたようだ。会った記憶もないので、なぜそう思われるのかがナマエには皆目検討つかないのだが。

「彼氏、います。幼なじみなの。だから……その……。」

 ごめんなさいと断ってしまおうか迷って、ナマエはうーんと考え込むようにシカマルから視線を外した。

「あ、ネジ。」

 ナマエが視線を外した先にはネジがいた。大学内で偶然会うのは初めてで、告白してきた男が目の前にいるにも関わらず呼び止めてしまった。

「「ネジ!?」」

 シカマルとテンテンが声を揃えた。名前を呼ばれた本人も、ナマエも驚いている。ネジはナマエの姿を見つけて歩み寄ってきた。

「え、ネジのこと知ってるの?2人とも……。」

 シカマルもテンテンも、まるで幽霊でも見たかのようにネジを見て驚愕している。

「?……どうした?ナマエの友人か?」

「そんな感じ。この間飲み会で仲良くなった子がいるって言ったでしょ。それがテンテン。」

「ああ。はじめまして。」

 ネジが興味なさげに挨拶すると、テンテンとシカマルは顔を見合わせた。

「日向ネジっていうの。心理学部の2年生だよ。わたしとは昔から近所に住んでて幼なじみなの。えっと……さっき言ってた彼氏。」

「「彼氏!?」」

 シカマルとテンテンが素っ頓狂な声を出すので、ネジとナマエは少し引きながらコクリと頷いた。

「ネジと!?ナマエが!?信じられない!え、だって……え!?」

 テンテンがネジとナマエを見比べて口に手を当てて驚愕している。ナマエがネジに知り合いなの?と聞くと、ネジはいや……?と答えた。

「えーと……2人はどういった経緯でお付き合いに?」

 テンテンは困惑の表情を浮かべながら、ナマエとネジを今もなお見比べている。

「小さいころからずっと一緒にいて……高校の時にクラスメイトが囃し立ててなんとなく……?」

 だよね?とナマエがネジを見上げると、ネジはぷいと顔を背けた。テンテンは前世のネジが照れた時と同じ顔をしていたので笑いそうになった。

「俺はもう帰るところだが。」

「そうなの?わたしも今日はもう授業ないよ。」

「あーじゃあナマエ!ネ……彼氏と帰ったら?もう十分話したしね!」

 テンテンが2人の背中を押して、ばいばーいと手を振った。ナマエはじゃあ……と言いながらネジの隣に並んで帰っていった。「あの男は?」「テンテンと知り合いみたい。わたしと同じ学年だと思う。」「そうか。」とやりとりしているのがシカマルとテンテンにも届いた。

「……びっくり。まさかネジまでいて……ナマエと幼なじみで付き合ってるなんて!」

 テンテンは信じられないわと言ってから恋人同士の2人を想像したのか大笑いした。

「あの2人って、そんな感じじゃなかったよな。」

 しばらく黙っていたシカマルが、遠く肩を並べる2人の背中を見ながらポツリと言った。

「ええ。ナマエは誰とでも仲が良かったし、ネジとも仲悪くはなかったけど……。少なくとも忍世界では恋愛関係だったことはないわ。」

「……だよな。」 

「ナマエとネジまでいるなら、ひょっとしてリーもいるのかしら。」

 テンテンは楽しそうに笑った。
 シカマル自身も含めた同期の皆もテンテンも前世の記憶がある。きっともしいるならリーも前世の記憶があるのだろう。

「……ナマエとネジだけは覚えてないんだな。」

「そうみたいね……。」

 テンテンから笑顔が消え、ふと考え込むような表情をした。シカマルはきっと今同じことを考えているだろうと思った。

 ――ナマエとネジはあの戦争で命を落とした。

 シカマルは『あの時』を思い出した。ナルトとヒナタを庇って大木に貫かれたネジとナマエを。

 ――「わたしは大丈夫だからっ、それよりネジが……、」

 腹から血を流しながらナマエはネジを治療したが、ネジは自分の死期を悟ったように穏やかだった。ナマエはまだこの時、生きていた。






×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -