現世:再会
時が経って、シカマルは無事志望校に合格した。あえて少しレベルを落とした大規模な高校に通っており大学推薦はたくさん来かけていたものの、授業をサボりにサボったせいで内申点が壊滅的となり推薦話は消えた。もとより受験するつもりだったのでそれで良かった。
シカマルだけでなく同期たち全員の現世の頭脳レベルが前世とほぼ一致したことから、ナマエが入れそうな高校を選んだつもりだった。当てが外れたが、チョウジやキバやナルトと同じ高校になったので良しとした。しかし、シカマルはいまだにナマエを探していて、チョウジだけはそれを知っていた。
大学は自分の興味のある分野で選んだ。そもそもナマエがどのくらい頭がいいのかシカマルにはよくわからないことに気付いたからだ。もっと言えば、現世に同じように存在しているかもわからない。それでも探さずにはいられなかった。純粋な恋心なのか、後悔と執着なのかはもはやわからなくなっている。
慣れないスーツに身を包んだ入学式は、都内の大きなホールで行われた。
人の多いところではキョロキョロと見まわすことが癖になってしまったシカマルは、目的の人物を今日も見つけ出すことができずに「そりゃそうだよな」と真っすぐ家へ帰ろうと身をひるがえした。
「わむ、」
「!」
「やばい、リップついちゃった……!」
襟元がリボンになっているグレーのスーツを身にまとっているのは、正真正銘シカマルが探していたナマエだ。
機能性重視とショートカットにしていた髪は伸びて胸くらいまであるし、まつ毛が重そうなほど丁寧に化粧をしているが、間違いなくナマエだった。
シカマルが急に振り返ったせいなのだが、シカマルの真新しいスーツのシャツにはナマエのリップがついてしまっていて、大慌てで拭っている。
「ナマエ、」
出た声は少し震えていたかもしれない。17歳の死に顔しかうまく思い出せなくなっていたナマエが、シカマルの眼の前で元気に動いている。
ナマエは「え?」と顔を上げた。目が合ったのはいつぶりだろうか。
ぱっちりと合った目は透き通っていた。ぼんやりとある記憶より顔立ちが大人びて見えるのは、ナマエが前世より長生きしているからだろう。
ぱちぱちと重たいまつ毛を瞬かせて、ナマエはシカマルを見上げた。ひと時が永遠に感じる。シカマルはこの時のために余生を過ごしてから生まれ変わって20年近く生きてきたのだと、そう思えた。
「あー……同じ高校の人?ごめん、わたし人の顔覚えるの苦手なの。何くん?」
「は?」
「ていうかごめん!リップついちゃったよ。きれいに落ちるといいんだけど……。」
ここで完璧に汚れを落とすことを諦めたナマエは、使っていたハンカチを握り直して気まずそうに笑って後退した。去ろうとするナマエのハンカチを持つ手首を掴んで逃さないようにした。
「は、ちょっと待ってくれ。ナマエだよな?」
「えっと……はい。」
「俺のこと覚えてないのか?」
ナマエはシカマルの顔をじーっと見た後、足元まで視線をやってまた顔に戻した。
「ごめん、覚えてないや。……小学校同じだった?なんか懐かしい感じはするかも。」
「……!」
「あーっと、ごめん。この後待ち合わせしてるから。」
掴まれた手首をやんわりと引き抜くと、ナマエは申しわけなさそうに少し慌てた様子で去ろうとした。
やっと会えたナマエはシカマルのことを忘れている。絶対に『あの』ナマエであることは間違いないのに。再び会えたら、久しぶりと言って笑って、先に死んでいったことを怒って、それから――……。
「ずっと好きだったんだ。」
ナマエが自分に言われてるわけがないよなという顔で振り返る。
「お前のこと、ずっと探してた。ずっと告おうと思ってたんだ。」
「……、」
「何年も何年も……。」
最初は何を言っているんだと思ったナマエも、シカマルの真剣な表情を見て何か胸に引っかかった。大事なことを忘れてしまっているかもしれないと。
「お前が忘れてても、俺が忘れられねえからどうしようもねんだ。」
シカマルはナマエの手のひらの中でクシャクシャに丸まっているリップで汚れたハンカチを引ったくった。
「洗って返すから。」
「え、あの……。」
「行けば。急いでんだろ。」
「あ、うん……。あの……ありがとう……。」
ナマエは躊躇いがちに人混みへ消えた。
またシカマルはナマエを探す日々に戻る。それでもきっとまたすぐ会えるだろうと思った。
――何年分の気持ちを背負ってると思ってんだ。