日向宗家と分家



 ナマエは数か月ぶりに実家へ帰省した。
 帰省といっても木ノ葉隠れの里の中心街あたりで1人暮らし用のアパートを借りているだけで、実家も里内にある。帰ろうと思えばいつでも帰れるのだが、あまり寄り付かない。

「ただいま。お母さん久しぶり。」

「あら、ほんとにたまにしか帰って来ないんだから。」

「忙しいんだって。」

「暗部にいた時よりはマシなんでしょ?お父さんも心配してるんだから顔見せるだけでもしなさいよ。」

「わかってるよ。」

「ネジくんも最近はよく宗家にいるみたいだから。」

 母の口から突然ネジが出てきてうろたえそうになるも、ぐっと口をへの字に結んだ。血のつながった母にうまく隠せるとは思えないが。

「だから……、何?」

「何じゃないわよ。ネジくんに会いたいからって理由でもいいから帰ってきなさいって言ってるの。」

「あのねえ……ネジと仲が良かったのは子どものころの話でしょ。」

 兄弟のいないナマエにとっては、近隣の親戚の家で3歳下のネジが生まれたことが嬉しくかなり可愛がっていた。

「何言ってんの。今でも大好きなくせに。」

 はあ?と声が漏れる前に、ガラリと開いた扉の音で母とナマエは振り返った。父だった。

「おお、ナマエ。帰ってたのか。今宗家にネジくんがいたぞ。」

 両親2人にネジへの想いが筒抜けなことに恥ずかしくなるやら、日向の血が一滴も入っていないのに平気な顔で宗家に出入りできる面の皮が厚い父に腹が立つやらで、顔が熱くなる。

「――うっざ!」





 そう悪態はついたものの、どうにかしてネジと会えないだろうかと実家でくつろぎも手伝いもせず近所をウロついた。
 宗家に堂々とお邪魔する度胸はないが、ネジに会えるものなら会いたい。一目顔を見るだけでもいい。同じ任務に就く偶然もそうなく、ネジに会うには街中や任務受付でばったり会う他ないのだ。

 ――宗家に顔を出す他ないのか……。

 一族の落ちこぼれの自覚がある肩身の狭いナマエは、何かない限り宗家へ赴くことはなかった。ヒアシやハナビ、ヒナタにはできることなら会いたくない。しかし、会いたい。

「ネジ……。」

「なんだ。」

 突如背後から声がしてビクウ!と肩が跳ねた。もちろん聞き覚えのある声だ。

「ね、ネジ!」

「呼んだか?なんだ。」

 ネジの名前を1人で呼んでいたことに気付かれ、内心大汗のナマエだが、悟られまいと涼しげに微笑む。

「……呼んでないよ?こっちに来てるって聞いたからもしかしたらこのへんにいるかなって。」

 言ってからネジを探していましたと言っているように聞こえただろうかと、自分の言葉を引っ込めたくなった。
 密かに心の中で毎年祝っているネジの誕生日が過ぎたばかりなので、目の前のネジは16歳になっているはずだった。このあたりで小さいネジと遊んでいたからか、大きくなったなと時の流れを感じる。

「実家に戻っていたのか。めずらしいな。」

「ん。たまにはね。ネジは結構宗家にも顔出してるんだね。」

「ああ。」

 少し前までのネジでは考えられないことだった。

「元気そうでよかった。」

「ナマエもな。」

 ヒザシが亡くなってから宗家の全員、日向の血を憎むように年々冷酷になっていった。それはネジが4歳でナマエが7歳の時のことだった。
 日向家の誰より才能があり素直で可愛らしかったネジと修行と称して遊んでやっていたのがナマエだ。塞ぎ込んで人が変わったように笑わなくなり修行しかしなくなったネジは、日向家の中で随一の白眼遣いとなった。それに、白眼を持たないナマエは後ろめたく思っていた。ナマエとネジの距離が開いたのはそこからだ。

「ネジ兄さん……あっナマエ姉さん!」

 ほんのり汗をかきながらパタパタと走り寄るのはヒナタだ。宗家に生まれて白眼があり、顔も可愛らしく胸が大きい。ナマエからしたらコンプレックスの塊のような存在だ。
 ヒナタのふかふかと揺れる年齢のわりに大きな胸をバレないように恨めしく見て、決して十分とは言えない寂しい自分の胸の前で拳を握りしめる。

「ネジ兄さんに修行をつけてもらっていたんです。ナマエ姉さんも、もし、良かったら……、」

「そうだな、ナマエと組み手しても勉強になるだろう。」

「ナマエ姉さん、お時間はありますか……?」

 不安げにこちらを見つめるヒナタはやはり可愛らしかった。性格もよく、ナマエのことを下に見ることなく慕ってくれている。文句のつけようがない。

「ええ。もちろんです。」

 ナマエはにっこり笑った。
 見えない壁が張られているような日向宗家の門は、不思議とヒナタやネジといるとそんな壁は実在しないことを実感する。3人で門をくぐったが、正直ここはナマエにとっては息が詰まる。

 広い庭でヒナタと向かい合う。構えるヒナタと、構えないナマエ。もちろん宗家のお嬢様相手に舐めているわけでなく、構えがないのだ。

「ハァッ!」

 真正面から突っ込むヒナタをひょいひょいと軽い動きで躱すナマエ。ネジはその軽い身のこなしを見て、自分の担当上忍が永遠のライバルと公言するカカシの動きのようだと思った。
 しばらく逃げに徹するナマエだったが、ネジが見ている手前、カッコつけてしまいたくなった。危なくない技の中でどれで決めようかと考えていると、たんっと力強く地面を蹴ったヒナタを見て『これ』でいこうと構えた。

「!」

 ネジにはその構えに見覚えがあった。

「『回天』!」

 ナマエの放ったチャクラがかすり後ろに飛び退いたヒナタはひどく驚いている。そばで見ていたネジも同じく驚いていた。土埃とチャクラの壁が消えると、ナマエはその中心でニヤけてしまいそうな口角を無理やり抑えてクールな表情を作った。

「ナマエ姉さん、それって……!」

「……ナマエ、回天が使えたのか。」

「まあ実戦ではそんなに使わないけどね。」

 生前のヒザシにやり方は教わっていたのだ。白眼がなくとも、自身のチャクラ穴や放出方法は体感でわかる。ネジは教わることなく独学で編み出したわけだが。

「ナマエ姉さんも、やっぱりすごいです。」

「ありがとうございます。ヒナタ様もネジとの修行の成果が出ていますね。」

 ナマエがヒナタと話しているのを、ネジは複雑な心境で見つめていた。ナマエのことを舐めていたわけでないが、回天まで使えるとは思わなかった。白眼がなくとも、常に自身の先を行くナマエのことをいつか絶対に追い越したいと思っていた。

「……ナマエ、俺ともやるか。」

「えっ、」

 ネジは静かに闘志を燃やしていた。ナマエとネジが組手をしていたのはネジがまだアカデミーに入学したてのころだ。いくら天才のネジとはいえもちろん3歳上のナマエに勝てた試しはなかった。今ならば勝てる可能性は大いにあるとネジは思った。

 一方で、ナマエはその提案をなんとしてでも却下したかった。ネジの前では完璧で強い女でいたいのだ。万が一にも負けてしまったら……と考えると恐ろしい。

「んー……この後用事あるからまた今度ね。」

「……そうか。」

 ナマエは良心が痛んだが、少し残念そうなネジを置いて振り切って宗家を後にした。せっかくネジと一緒にいられる好機を逃した上に、ネジとヒナタはまた2人で仲良く修行するのだと考えると気が重くなった。




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