中忍おめでとう
シカマルとナマエは中忍試験の事後処理に追われていた。壊れた設備の修繕の手配やら、中忍試験を観戦するために訪れた要人が無事帰宅するまで忍を手配したり。やることは山ほどある。
シカマルは観察眼や頭脳を買われて、中忍試験に参加した砂の忍のデータをまとめている。ナマエも使える忍術が多い忍なので、その補佐についていた。
「忍って意外とデスクワーク多いよね。」
「慢性的な人手不足だよな。試験は終わったっつーのにまだコキ使われ続けるんかよ……。」
シカマルは父親の姿を思い出した。上忍長な上に奈良家当主なので、任務に出て戦闘しているより会議に出ている時間のほうが長いように見える。のんびりと生きたいという理想からかけ離れた父親の姿を見ていると、将来の自分を重ねてゾッとする。
火影邸の資料室で隣に座って作業をしていると、いのとチョウジがやって来た。シカマルが顔を上げるとナマエも同じように上げ、2人を見て会釈した。それに2人も返す。
「シカマル、仕事いつ終わる?」
「え、あーもうちょい。」
意外と時間の掛かるこのまとめは、将来受験者の誰かが指名手配犯になった時ビンゴブッグとして役立つのだろう。それ以外でも他里の忍のデータは必要なのだ。
「これから焼肉Qで中忍昇格祝いに行くんだけどー。」
「は?焼肉は明日だろ。」
「それはウチらだけのお祝いでしょー。せっかくみんな昇格したんだしテンテンさんが行こうって。サクラなんて一緒に祝う班員もいないわけだし。」
「ふーん?」
第10班が実質解体となるので、明日はアスマも含めた4人で焼肉に行く予定だった。しかし、それとはまた別で焼肉に行くらしい。
いのはついでのようにサクラの名前を出したが、いのなりにサクラのことを考えてやってるんだなとシカマルは思う。
「別にサクラのためってわけじゃないけどさァ。」
「素直じゃねーヤツ。」
「うっさい、シカマル!」
「そういうわけでさ、シカマルも終わったら来てよ。」
「おう。」
「じゃ、後でー!」
いのとチョウジが出ていくと、また資料室は静かになった。
「……みんな昇格して良かったね。」
「あぁ。」
ナマエは作業しながらシカマルに笑いかけた。つい先日中忍試験の合格者の発表があったばかりだった。シカマルの同期たちとその1期上の忍たちは前回の中忍試験と木ノ葉崩しを経てかなりたくましくなった。そのため、もれなく全員合格した。
「ごめんね、後は任せて行っていいよって言いたいところだけど。」
焼肉に行かせてやりたい気持ちもあるが、1人だと朝までかかってしまいそうだ。ナマエは髪を耳にかけるとすまなそうに笑う。
「別に。ナマエさんだけに任せたらまじで時間かかりそうだし。」
「え、失礼すぎじゃない?」
シカマルは笑っている。少し前までは礼儀正しく可愛らしかったのに、いつの間に先輩をからかうようになったんだと、ナマエはジト目で睨みつける。
それでも笑っているので、ナマエはシカマルの腕に軽く拳をお見舞いした。まだそれでも笑っている。
「ナマエさんって俺の同期とかにはいないタイプだな。おもしれー。」
「わたしの同期にもこんな失礼な人いないけど!?」
膨れながらも、実際シカマルの仕事のペースとナマエのペースには大きく差があるので、シカマルが手を止めていても止めるわけにはいかなかった。喋りながら完璧に作業できるほど器用ではないが。
「来ますか?1人増えたって誰も何も言わねーだろ。」
「いや同期たちとご飯でしょ?行かないよ。」
「ネジもいるぜ、たぶん。」
「!」
ペンを動かしていた手がピタリと止まった。ネジ、という響きだけでどこかに飛んでいってしまいそうになる。慌ててまたペンを忙しなく動かした。
「ふーん、ネジ?あの子同期とご飯行ったりするのね。……いや別にだからと言ってわたしが行く意味わかんないけどね、ネジがいるからわたしも行くーとか、ホラ、全然意味わかんないし。ていうかわたしとネジってはとこだけど特別仲良いとかじゃないからね。」
いつになく早口で饒舌になるナマエ。手元は動いているが、ただペンを回しているだけで仕事はこれっぽっちも進んでいない。
「でも好きなんだろ?」
「え?はあ?す……っ、」
とうとうナマエは仕事をするフリをやめてシカマルを見た。シカマルはカマをかけているわけでもなんでもなく、確信しているように落ち着いていた。
「……なんでわかったの?」
「ネジの手術の時、俺いたから。あの場に。」
ナマエはあっと言葉に詰まった。赤みの差していた頬の熱がすっと冷めたようだ。
「あーそっか……。あの時の隊長ってシカマルくんだったのか。大変だったね。」
突然忍の先輩らしく真面目な顔になる。大蛇丸の刺客をやり過ごしつつ、里を抜けようとする忍を追跡するなんて任務は、下忍と中忍なりたての隊長が行くものではなかった。シカマルたちでなければ全滅していただろう。
「……まぁな、」
「あの時のこと、あんまりよく覚えてないんだ。でも、ネジを無事に連れて帰ってきてくれてありがとうね。」
「……。」
シカマルはネジを無事に連れて帰ってこれたわけじゃない、と口から出そうになる。ネジが自分の力でなんとかした。シカマルはそのネジの力を信じただけだ。
「そう、わたしネジのことが大好きなんだ。小さい時からずっとね。
いつ死ぬかわからないし、言わなきゃ絶対に後悔するってのはわかってるんだけど。フラれるってわかってて気持ちを言うのってなかなかできないじゃない。わかる?」
「……さあ。俺はそういうのはよくわかんねー。」
「13歳だもんね。」
シカマルはナマエとの4つの年の差がものすごく大きいものに感じた。気安く話せるちょっと年上の先輩だと思っていた人が、突然見知らぬ女性に感じる。
「シカマルってばジジ臭すぎてたまにおじさんと話してる気になるもん。」
「おい、」
ナマエが急にいつもの調子に戻って笑うので、シカマルは少しホッとした。
「こっちももう終わりそうだよ。同期たち待ってるでしょ。行ってきたら?」
「ああ。」
シカマルも輪に加わってから30分ほど過ぎた。先に着いていた同期たちはほどほどに腹が膨れてきていて、チョウジとシカマルくらいしか肉を食べていない。他は皆ジュースを片手に話に花を咲かせていた。
「いらっしゃいませー!何名様ですか?」
「2名です。」
「こちらのお席どうぞー!」
焼肉Qは繁盛しているようで、夕飯時を少し過ぎていても客足はチラホラと見える。シカマルが何の気なしに新たに入店した客を見た。
「……ナマエ、さん。」
「シカマルくん、偶然ー。」
30分ほど前まで一緒にいたナマエだった。その隣にはカカシもいる。何が偶然だ、と呆れたように見つめる。シカマルの視線の意図はわかっているようで、ナマエは誤魔化すように笑った。
カカシとナマエは、中忍昇格祝い組のギリギリ視界に入る席に通された。カカシは声をかけてきたシカマル、そしてネジの方を見てなるほどねとつぶやいた。
「カカシ先輩はビールでいいですか?あとタン塩ですよね?ハラミとかも食べたいです。」
「急に焼肉行こうとか珍しいと思った。」
「えー?わたし焼肉大好きですよ?」
「お前が大好きなのは焼肉じゃないだろ。」
「あーすいません!生ビール2つとタン塩下さーい。」
最初は特に気にしなかったものの、いのから出たテンテン、サクラという女子たちの名前とネジについて考えると、いてもたってもいられなくなった。火影邸でカカシを捕まえて、焼肉食べたいと騒いで拉致した。シカマルの同期であるということしか知らないが、呼びかけにきたいのが13歳と思えぬほど色気があって可愛かったというのもある。
「俺の部下もいるんだけど。こういうことなら俺じゃないやつにしてよ。」
「カカシ先輩以外気軽に誘える先輩がいないんですよ。」
「……俺ってあんまり気軽に誘われる側の人間じゃないと思うけど。」
「まぁまぁ。わたしとカカシ先輩の仲じゃないですか。」
「カカシ先生とどういう仲なんですか?」
気付けばサクラがカカシとナマエのそばでニヤニヤしていた。先生も隅に置けないわね、と続ける。いつの間にかカカシとナマエの存在は皆に気付かれていたようで、遠くに座るネジとぱっちり目が合った。
「先輩と後輩!それ以上でもそれ以下でもない存在!」
ナマエの大きな声はネジたちにも届いた。ネジは特に興味がなさそうに視線をそらした。だよねえと内心残念に思う。
「なんだぁ。先生の恋愛事情でも知れると思ったのに。」
「恋愛だなんて!カカシ先輩超モテるからわたしとか眼中にないよ。」
「え!カカシ先生ってモテるんですか?意外……。」
「失礼なやつだね。」
サクラが席に戻っていったので、2人はそれを視線で見送った。
「ナマエって俺のことそういうふうに思ってたんだ。」
「え?先輩と後輩……ですよね?」
「いや、そっちじゃなくて。まぁいいや。」
「?」
ナマエとカカシはそれから焼肉を楽しんだ。ナマエは時折ネジが女子と喋っているのを気にしながらグビグビとビールを胃に収める。
皆が立ち上がりお腹いっぱいーと話している様子から、もう帰る頃だと察した。
「じゃあカカシ先生、デート楽しんでー。」
サクラが手を振った。デートじゃない、とナマエが否定しようとしたが、ネジと一言も話せていないことを思い出してガタンと席を立った。
「ネジ、中忍おめでとう。」
掴んで呼び止めようとしたナマエの手は、ためらってそのまま宙ぶらりんだった。きちんと言葉は届いて、ネジは振り返った。
「ああ。ありがとう。」
「……おやすみ。気を付けて帰ってね。」
手を振ると、ネジはそのまま背を向けて帰っていった。最後尾のシカマルがじゃ、と律儀に挨拶していったのでまた手を振った。
「帰る?」
カカシが席に戻ってきたナマエに問うと、静かに首を横に振った。
「カカシ先輩がいいならまだ飲みたいです。」