カカシ先輩



 泣くナマエを置き去りにして「じゃあこれで」と言えるほどシカマルは冷酷ではなかったので、どうしたもんかと伸ばした腕を一旦引っ込めて、頭を掻くしかなかった。

「あー……大丈夫っスか?」

「ぅ……、うっ……、」

「……ネジが白眼発動したら見られるぞ。」

「っ!」

 シカマルのその一言はナマエにとって効果は抜群だった。ついてこいと言う意味なのか、涙をためた目でシカマルに一度視線を寄越すと、とうてい忍とは思えないトボトボとした足取りで木ノ葉病院の長い廊下を歩き出した。

 これはシカマルの観察眼から導き出したというほどでもないただの勘ではあったが、ナマエはネジの前で泣いたり騒いだりはしたくないようだ。むしろそうであったことを隠すつもりでさえいそうだった。
 ひらひらと闘いづらそうなたもとがあるせいで泣いている顔はまったく見えないことが幸いだった。シカマルは女性の涙にめっぽう弱い。

 どうしたもんかとナマエから視線を外すと、正面からカカシがやってくるのが見えた。まだ2回目だが、ナマエと会う時は必ずカカシとも遭遇する。

「カカシ先生!」

 助けが必要だったからか普段より声量が出た。カカシはシカマルの望み通りゆっくりと近付いてきた。

「ナマエとシカマルじゃない。なーに、ナマエのこと泣かせたの?」

「そんなわけねーだろ……。」

 カカシもわかっているくせに半笑いでシカマルをおちょくる。泣いているナマエに振り回されるシカマルが面白いようだ。

「わかってるよ。どうせネジくんでしょ。」

「カカシせんぱぁい……、」

 ナマエは抱きつきこそしなかったものの、カカシの懐へ入ってまたわんわん泣いた。カカシは真下のナマエの頭頂部を見下ろしながらハイハイと呆れている。

「カカシ先生とナマエ……さんは知り合いなんスね。」

「まぁ後輩だからね。」

 シカマルはその時、ネジの「暗部を辞めた」という発言を思い出した。シカマルにはナマエが腕のたつ忍には見えないが、暗部出身ならば強いのだろうとナマエの小さな背中を見つめた。

 泣き止むまで背中を見つめ続けていればいいのかシカマルは少し考えたが、カカシが行っていいよという意味合いで視線を寄越してきたので、ありがたく受け入れることにした。
 シカマルの靴と砂の間でじゃりと音がすると、落ち着いてきたナマエがぱっと顔を上げた。

「シカマルくん、」

「え?」

 まさか呼び止められると思わずシカマルは反射的に振り向く。

「ネジが……別人みたいなんだけど何か知ってる?」

 目元をぐいと拭ったナマエはシカマルを真剣な眼差しで見つめた。泣いていたのが嘘のように凛として見えるその顔にドキリとしながら、ナマエの言葉の意味を少しだけ考えた。

「俺も昔のネジをよく知ってるわけじゃねーけど、ナルトの影響じゃないスかね。」

「うずまきナルト……?」

 シカマルはコクリと頷くと、これ以上ナマエからの質問はなさそうだと判断して、2人に背を向けて立ち去った。





 木ノ葉の里繁華街、とある飲み屋にて。
 ナマエとカカシは一度各々任務に出たものの、待ってるから絶対に来て下さいというナマエの熱量に押されて、再び夜に集合していた。

 カウンター席に座る2人の前には中ジョッキのビールに、おつまみのエイヒレと枝豆、梅水晶がある。
 ほんのり頬が赤いナマエがビールを煽って座った目でカカシを睨みつけた。

「うずまきナルトってなんなんですか。」

「何ってお前も見てたでしょ、この間の中忍試験。」

「見てました!カカシ先輩の初めての教え子で九尾の人柱力ですよね。」

「わかってんじゃない。」

「落ちこぼれのルーキーに負けたからネジが改心したの?そんなことあります?」

「……。」

「わかってます!カカシ先輩が認めた子だもん。あの試合には感じるものがあったよ。わたしだって落ちこぼれだもん。あの子が何度も何度も立ち上がってネジに向かう姿に胸が打たれたよ。」

「お前ってネジくん以外も視界に入るんだ。」

「まぁ途中まではネジしか見えてなかったんですけど……ってそうじゃなくて。わかるけど、わかるけどさぁ……。」

 ナマエはすっかり泡の消えたビールを一滴残らず飲み干すとカウンターの上にコンと置いた。

「ビール下さい!……ネジは優しくて努力家で天才なの。家庭環境のせいで少し捻くれてたけどそこも可愛かったし、変わる必要なんてなかったのに……。」

「本音は?」

「ネジが変わるなら、それはわたしが良かったの!」

「……。」

「ぽっと出のモブにネジが変えられると思わないじゃない!しかも男の子!女の子のほうが嫌だけどさぁ!」

「どちらかと言うとお前がモブだよ、見てるだけで何もしてなかったんだから。」

「なっ、……カカシ先輩……、」

 ナマエは絶句して言葉を切った。

「正論すぎて何も言えない……。」

 ガクリと肩を落とすと、またちびちびと運ばれてきたビールに口をつけた。

「お前も日向家じゃ落ちこぼれ扱いだったのかもしれないけど、今は立派な忍になったじゃない。さっさとネジくんに向き合えばよかったのに。」

 ナマエはカカシが自分を褒めるようなことを言ったことに感動してぐっと強くジョッキの取っ手を握りしめた。その後、思い詰めたように下を向いた。

「でも、わたしには白眼がない……。」

「……。」

「白眼があったら、ネジと許嫁だったかもしれないんですよ。ネジはわたしと許嫁なんて嫌がったと思いますけど……。」

 ナマエは髪を耳にかけて自嘲気味にへへっと笑った。カカシはそれを黙って見つめた。

「ごめんなさい、カカシ先輩が言ったことと関係ないですよね。許嫁じゃなくても、こんな風に思うくらいなら向き合わなきゃダメだったのに。」

「どちらというと落ち込まれるよりは騒がしいほうが対処しやすいんだけど。」

「カカシ先輩、わたしの話全然興味なさそう!?」

「当たり前でしょ。」

 ナマエが落ち込んでいる間にカカシのジョッキも空になっていた。相変わらずマスクの下は見せないらしい。よく見るとエイヒレも枝豆も梅水晶もなくなっていて、カカシは立ち上がって帰る気のようだった。

「俺お前の恋愛話とか聞く気ないから。」

「ひ、ひどい!なんで!?」

 ナマエも慌てて背の高い椅子から転げるように降りた。

「なんでって……ねぇ。」

 カカシはひらりと身を翻しスマートに会計を済ませて帰っていった。




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