木ノ葉病院にて
サスケを音の忍から奪還する任務より幾日か。
シカマルは詰め込まれた任務の合間をようやく縫うことができ、もうすぐ退院しそうなナルト、まだ療養が必要そうなチョウジとネジへ見舞いに来ていた。
ナルト、チョウジの見舞いを終わらせ、最後はネジの病室だ。
ふと、目的地であるネジの病室の前で女性が1人、ドアノブに手をかけては外し、後ずさって意味もなくドアの全容を眺めてはドアノブに手をかけ――と繰り返しているのが見えた。
シカマルはその横顔に見覚えがあった。というより忘れもしない。つい最近自身の不甲斐なさのせいでこの人は泣いていた。
あの日はシカマルも平常心でなかったので、よくよく観察することはなかったが、木ノ葉の額当てを腕に巻いてはいるもののやはりあの日以外では見たことのないくのいちだった。
「入んないんスか。」
「びっ……くりしたぁ……、」
「?」
大げさに肩を揺らしたナマエは、振り返ってシカマルを見た。初めてパチリと目が合うと、思ったより大人であることに気付く。髪や瞳が同じグレーの色で、肌と服が白かったのでなんだか浮世離れしている。色素が薄く、すぐそこにいるのに薄いヴェールの向こう側にいるような雰囲気だとシカマルは思った。
シカマルをじっと見つめていたナマエは、調子を取り戻したようにツンと生意気な顔をした。大人っぽい顔と子どもっぽい表情がアンバランスだ。
「入りますよ、お見舞いに来たんですもの。」
「俺もちょっとだけなんでいいっスか?」
「えっ!もちろん!先どうぞ!」
「?」
シカマルが入室するとわかるや否や、ほっとしたようにナマエは笑うと、シカマルの背中を軽く押して入室を促した。
「よぉ。」
「シカマル……と、ナマエか。珍しい組み合わせだな。」
ナマエがネジの顔を見た途端一歩病室の外へ足を戻した気配がして、シカマルはん?とナマエを見た。一瞬感極まったような泣きそうな顔をしていたように見えたが、気のせいだったのか涼し気な表情へ戻っていた。
「さっきそこでばったり会ったの。シカマルくん?って言うんだね。」
「ああ、ドーモ。」
シカマルが一方的に名前と顔を把握しているだけで、ナマエはあの時シカマルの顔どころか存在すら認識していない取り乱しようだったので、ここが初対面だった。
ナマエはシカマルへ笑いかけると、すっと表情を消してベッドで上体を起こして座っているネジへと近付いた。
「ネジ、……あー……その……日向家にね、行ったら着替えとか持たされたの。」
ナマエはやけに日向家という言葉を小さく発した。ネジへ持っていた袋を渡すと、じっとネジの顔を見て返答を待った。
「ああ、ありがとう。」
ネジが薄く微笑むと、ナマエは表情こそ変わらないものの、一瞬ピタッと全身の動きを止めた。しかしそれは瞬きの間の出来事で、また時間が動き出したように、ナマエは髪を耳にかけた。
「どうだ、怪我は。」
「ああ、まぁ順調だ。……シカマルが花を持ってきたのか?」
ネジはシカマルの手にある小さな花束を訝しげに見つめた。
「チョウジはまだ病院で出るもの以外食えねーっていうし、いのに持たされた。」
「わたし花瓶借りて生けてくるよ。」
「ありがとう、ございます。」
ナマエはシカマルから花束を受け取ると、病室を出ていった。それをシカマルとネジは視線だけで見送った。
「誰だ?あの人。」
「親戚だ。」
「親戚?あの人も日向なのか?」
「まぁ一応な。父のいとこの娘だ。」
「へぇー、結構親戚付き合いいいのな。」
「別にそんなことはない。会うのは何年かぶりだ。」
「?そうなのか。」
シカマルは少し疑問を持った。たしかに親戚が生死を彷徨ったら悲しいとは思うが、ナマエの取り乱しぶりは数年会っていない親戚に対するものと解釈するにはあまりにも劇場型だった。
ナマエはそろりと戻ってきて、生けた――とは言っても花瓶に差しただけだが――花をサイドテーブルへと置いた。
「ネジ、必要なものとかはある?」
「いや、大丈夫だ。」
「そう。」
ナマエが微笑んでいると、まるで先日の人物とは別人のように見える。シカマルは早々に退散したほうがいいのではと一歩後ずさった。
「……暗部を辞めたと聞いたが。」
ネジが言うと、ナマエはまるで話しかけられたのが意外だと言わんばかりに目を丸くしてから、コクリと頷いた。
「!そうなの。あんまり向いてないことに気付いて上司が便宜を図ってくれたの。」
「そうか、これからはお前と任務に行くこともあるかもな。」
ネジがふっと笑うと、ナマエの真っ白な肌に朱が差し嬉しそうににっこりと笑った。
「ガイさんと任務に行くことは結構あるから、そうなるかもね。」
「あー……、俺はそろそろ……、」
ネジとナマエが親密な関係なのかはよくわからないが、シカマルは邪魔をしたら悪い気がしてナマエを置いて帰ることにした。
「じゃあわたしも。ゆっくり休んでね。」
「ああ、ありがとう。」
あれ?と思いながら、シカマルはナマエと一緒に病室を出た。また髪を耳にかけて、ナマエは微笑んでドアを閉めた。パタン、とドアが閉じた瞬間に、ナマエはドアを背に顔を覆い隠した。
「え。どうしたんスか。」
シカマルが自身より少し背の高い様子のおかしなナマエの覆われた顔を見た。
「うー……、生きてて良かったぁ……。」
――また泣いてる……。
シカマルはナマエの情緒に少しビビりながらも、泣いている人を放置しておくこともできず、かと言って肩に手をやるなど気の利いたこともできずにシクシク泣くナマエの隣で立ちすくんだ。