04



 隊長の「夜には里へ戻って来られるだろう」という見込みは、いい意味で外れた。
 あ・んの門をくぐる時は、太陽が沈みかけて里中がオレンジ色に染まっていた。報告を終えて火影室から出る時にはちょうど夕飯時で、持ってきた携帯食料を食べずに済んだ。ナマエは一緒に要人警護の任務に出た仲間たちに手を振った。

「え?ナマエも一緒に行こうよ。」

「今日はいいや。ちょっと寝不足なの。帰ってゆっくり休む。」

 度々顔を合わせるフォーマンセルだったので、せっかくいい時間に任務が終わったのだから飲みにでもという話になったのたが、ナマエは仲間たちの背中を見送ることにした。
 任務があるのでしっかり眠るようにしたはずだが、前日の夜は深酒した上に彼氏ではない男をベッドに招いたのだ。ぐっすり眠れたわけではなかった。

 じゃあなーと手を振る3人にもう一度大きく手を振って、ゆっくり手を下ろす。任務中や仲間たちと共にいた時は何も考えずに済んだが、1人になると途端に思考が暗くなってしまう。

 彼氏であるカカシとは時間的なすれ違いが多く、とてもうまくいっているとは言えなかった。付き合って半年ほどだが、半年というお付き合いの期間は「ただ過ぎていく時間」も含めてだった。一緒にいた時間はあまりにも短い。
 本当に彼女なのか疑問に思いながらも、ナマエは憧れのカカシと付き合えたからには辛かろうが自分から手放す気にはなれなかった。

 ――……って思ってたんだけどなぁ。

 シカマルと身体を繋げてしまったのは正直に言えばヤケクソだった。そして、ナマエの中ではカカシとの自然消滅のピリオドでもあった。
 あれは浮気ではない。カカシとはもう2か月会話さえしていなかった。上忍待機室や火影邸で遠目から見ていたし、自称カカシの永遠のライバルであるガイに聞いたが、カカシは長期任務に行っているわけでもなんでもなかった。ただ、放ったらかしにされている。カカシにとって自分がその程度の存在だと気付いても、まだ彼女であると思っていたのは昨日の夜までだ。

 はっきりさよならを言ったわけでも言われたわけでもないが、大人の恋愛というのはこういうものなのだろうと諦めることにした。「好きです。付き合ってください」もなければ、「さようなら。わたしたちは別れましょう。」もないお付き合いだった。

 ――あの「写輪眼のカカシ」とほんのひと時でも付き合えたんだから、モブ中のモブのわたしには上出来だよね。

 オレンジ色が消えて紫色と紺色とグラデーションになった空を見上げた。
 昨日までと変わったところは何もないが、一歩前進した気持ちになった。次にテマリと話す時には自分と釣り合っている大好きな彼氏を紹介できればいい――そう思って、くるりと踵を返して家に帰ろうと思った。

「わぶ、」

 仮にも忍だが、背後にあった気配にまったく気付かず思い切り鼻をぶつけてしまった。視界は森と同化する深緑色がいっぱいに広がった。この色は多くの木ノ葉の忍が着用しているが、匂いも気配もない忍はそう多くはなかった。
 認識した瞬間、ドキリと心臓が跳ねておそるおそる頭上を見上げた。

「いきなり振り返るからびっくりしたよ。」

 呆れたように目を細めて笑うカカシだった。びっくりしたのはこちらだ、とナマエは思った。

「声かけようと思ったんだけどライドウたちといたじゃない。あいつらと飲みに行かなかったんだ?」

 ナマエはコクリ、と頷いた。

「今日もう俺任務ないんだけど、飯食わない?」

 ナマエはコクリコクリ、と2回頷いた。

「ははっ、今日は静かだな。」

 カカシが笑った。笑うと細くなる目元が素敵だと見上げながら、カカシの半歩後ろをついて行くように歩き出した。

 ――あ、あれ?

 カカシの後をついていきながら、ナマエの頭はハテナマークでいっぱいになった。先ほど、少し自分に酔いしれながら夜空を見上げていたはずだった。辛い恋は終わりにして、新たなスタートを切ったと思ったはずだった。

 ――めっちゃ普通……だ。

 2か月ぶりに会った恋人への挨拶の基本というものはわからなかったが、まるで数日ぶりかのような態度に驚く。
 そして、カカシが向かう先がいつも通りナマエの家であることに気が付いた。

「あ、待って。家は……、」

 なんとか引き止めたくてカカシの腕を取ろうとしたが、躊躇った結果、ナマエの手は空を切った。何事もなかったようにその手を下ろす。

「あの、やっぱり……、」

 家はシカマルと一緒に出た時のままだ。シンクに置いたままの朝食の皿の違和感や、自分ではない別の男の匂いなどに気が付くかもしれないと思い、カカシに家へ入られたくなかった。
 「外で食事にしませんか」と提案しようかと口を開いたが、口からは別の言葉が滑り出た。

「……寝不足で頭痛いし、今日はやめておいてもいいですか。」

 これまでカカシと会うのはいつもナマエの家で、カカシの家はおろか外での食事もしたことがなかった。
 付き合っていることが公になってほしくないのか、手っ取り早くセックスできるからなのか、ナマエの家でしか会わないカカシの真意は掴めていなかったが、ナマエはそう悲観的に捉えていた。

「外で食事にしませんか」と提案して、「それならばやめよう」とカカシから言われるのが怖かったのだ。

「……わかった。家の前まで送るよ。」

「ううん!ここでいいんです。カカシ先輩も疲れてるでしょ。ごめんなさい、お疲れ様でした。」

 ナマエは矢継ぎ早に言って、さっとカカシから離れて手を振った。すぐさま前を向いていつもより早歩きでカカシから離れた。

 見慣れたショボめのアパートの302号室に駆け込むと、扉を閉めて急いで鍵をかけた。誰も追ってきてはいないというのに焦燥感に駆られた。
 部屋は今朝シカマルと出た時と何も変わっていない。1人で眠る時よりしわくちゃなベッドシーツ、シンクに置きっぱなしになった皿とコップ、ガスコンロに置かれたフライパン、ドレッサーの上の出しっぱなしの口紅。

「……片付けよう。」

 二日酔いはないはずなのに、先ほど頭が痛いと咄嗟に嘘を吐いた罰なのか本当に頭が痛くなってきて、思考を停止することにした。

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