03



 シカマルナマエとアパートの前で別れて帰路につきながら、昨晩のことを思い出した。





 中忍試験が無事終わり、任務のない者は打ち上げをしようと言い出したのは誰だったか。
 木ノ葉隠れの里の繁華街にある忍御用達の広くてそこそこ安い居酒屋は、夕方まで真面目な顔で審判していた忍たちが今やジョッキを片手にだらっと過ごしている。座敷の席には、泣きながら任務へ出かけていった一部の者を除いて多くの中忍と特別上忍が談笑している。
 その中に、ナマエとシカマルもいた。

「ナマエは試験官今回からだっけ?」

 ナマエ、シカマルの他にコテツとイズモが同じ卓についている。コテツが問うと、ナマエは梅酒のソーダ割を置いてこくこく頷く。

「今回初めてですね。ていうか「から」って。」

「長期任務とか昇格とかがない限り毎回やることになるよ。俺らはそうだし。シカマルもだよな?」

「そーっすね。」

「シカマルなんて中忍になってすぐ次は試験官やってたもんな。とうぶんこき使われるだろ。」

 イズモの言うことはその通りで、シカマルは同期最速で中忍になってからというもの2回連続で試験官をやっている。シカマルが中忍になった試験の際も試験官をしていた2人も、当然のように半年に一度毎回試験官の仕事がまわってくるようだ。

「めんどくせえ……。」

「シカマル有能だもん。若いのに仕事できるし砂の人ともうまくコミュニケーション取ってるよね。わたしも見習いたい。」

「……どーも。」

 ナマエが乗り出すようにシカマルを見つめた。シカマルは真っ直ぐに褒められて照れた。たしかにシカマルから見てもナマエは仕事がよく出来るタイプではなかった。しかし、いくつか年上の先輩がペーぺーのシカマルを見習いたいと言える素直さが良いなと思った。

「ただその結果、次もその次も試験官に呼ばれることになるけどな。」

「えー……。中忍試験の準備って2か月くらい前からぼちぼち始まるじゃないですか。通常任務もあるしプライベート削れる……。今後も……。最悪……。」

 イズモの言葉に、ナマエはがくっと肩を落とした。

「まぁプライベートは犠牲になるな。1年の3分の1中忍試験の準備することになるし。」

 コテツがニヤっと笑いながらようこそ、と言うとナマエは心底嫌そうな顔をした。

「半年後は外されるといいなぁ……。」

「わかった、彼氏と過ごす時間がなくなって嫌なんだろ。」

「ナマエ彼氏いるんだ?木ノ葉の忍?」

「コテツさんとイズモさん口軽そうだから言わなーい。」

「失礼だな!口は軽……いか。」

「お前がな。」

「お前もだろ!」

 イズモとコテツの漫才のようなやり取りに、ナマエはあははと笑った。シカマルは彼氏いるんかと頬杖をつきながらナマエの笑った顔を見た。笑った後ちびりと梅酒のソーダ割に口をつけると、ふうとため息を吐く。

「……言ったって信じられないだろうし。」

 シカマルにはそう聞こえた。え?と聞き返そうとするが、次の瞬間にはナマエはぱっと顔を上げてまったく別の方向を見ていた。先ほどと打って変わって表情が明るい。

「あー!テマリさん!」

 ナマエはぶんぶんと手を振った。貸し切った座敷の席の出入口には、この中忍試験開催中毎日顔を合わせていたテマリがいる。ナマエに気が付き、テマリも嬉しそうにニカッと笑った。

「おお、ナマエ。それにシカマルもいるな。」

「今日来られないんじゃなかったの?」

「本当は受験者たちと帰るつもりだったんだが別件で火影に呼ばれてな。明日帰ることになった。」

「えーやったぁ。テマリさんこっち座ろうよ。」

 細い通路を挟んだ誰も使っていない卓に、ナマエは自分の酒とおしぼりを持って移動した。テマリもいつも持ち歩いている大きな扇子を置くと、ナマエの正面に座った。シカマルとテマリは通路を挟んで隣になったので、どーもと挨拶をした。

「ああ。ていうかテマリさんってなんだ。テマリでいい。」

「わたしよりお姉さんっぽいんだもん。長女だから?」

「さあな。ところで、ナマエの例の彼氏は来てないのか?」

 テマリは数十人いる試験官たちをきょろりと見渡した。

「試験官じゃないってば。ところで何飲む?あ、未成年だっけ。まぁいいよね。」

 ナマエは酒のメニューをテマリに渡す。しばらく2人は中忍試験中の出来事や里の情勢について語らった。しかし、酔いもまわると年頃らしく恋愛話になっていく。話題はナマエの彼氏についてだ。

「なぜ誰にも言わないんだ?」

「彼が誰にも言わないから。ていうか付き合ってるかどうかすら最近自信ない。もう2か月くらい会ってないし。」

「長期任務……ってわけじゃないよな。」

「見かけはするよ。知らん顔されるから声かけづらいし。」

 シカマルはナマエの彼氏は誰なんだろうと盗み聞きしているわけじゃないが勝手に耳に入る情報を頭で組み立てる。しかし、当然だがヒントが少なくまったくわからない。
 横目に見ると、意味もなくくるくるとマドラーで酒をかき混ぜていた。口を尖らせて据わった目で水面を眺めるナマエをシカマルは「可哀想な女」だと思った。このあたりから、シカマルはイズモとコテツのくだらない話がまったく聞こえなくなり、ナマエとテマリの声だけを耳が拾った。

「もういいんだ、もともと無理めな相手だったから。かっこいいし強いからわたしと釣り合ってない。」

「ナマエだって可愛いと思う。強いかは別として。」

「……嬉しいけど嬉しくない。テマリはきれいで強いしズルじゃん。」

「なっ、誰がズルだ!」

 お互いを褒め合うふわふわとした空気にテマリは咳払いして気を取り直す。

「ナマエ、大切にされてないならさっさとケリをつけろ。ウジウジしている時間がもったいない。」

「んー……。」

 うんともいいえとも違う返事をするナマエに、テマリははぁと呆れたため息を吐いた。テマリは恋人がいなかったが、放置され付き合っているかも不透明になる恋人などいないほうがマシだと思った。





 酔って陽気にはなったが足取りのしっかりしているテマリはさっそうと宿へ帰っていった。ナマエとシカマルはその後ろ姿を見送った。2人ともテマリと知り合いで、たまたま帰路が同じ方向だったからだ。

「あーあ。テマリともうしばらく会えないのかぁ。」

 酔って声量調整機能がバカになっているのか、ナマエの声は暗い夜道に響いた。

「仲良いんスね。」

「うん。あ、わたしは家こっちだけど。」

「じゃあ俺も。」

「じゃあ、って何?送ってくれるの?」

「一応?」

「ありがとう。紳士的だね。」

 シカマルとナマエは並んで夜道を歩いた。梅酒のソーダ割でほろ酔いのナマエは、危なげはないものの足どりが悪い意味で軽やかで、シカマルと距離が近くなったり離れたりを繰り返している。

「うちここ。」

「へー。じゃあな。」

「え?……あの、お手洗いとか平気?あ、それかコーヒーとか……、」

 あっさり家の前で帰ろうとするシカマルを、思わず掴んで呼び止めた。シカマルは掴まれた服を見ながら微妙な顔をした。

「……俺帰んない方がいいの?」

「ええ……。そう言われると……そう、かな。送ってくれるって言うから、てっきりまだいてくれるのかなって。」

 コーヒーでも、なんて建前は真面目で若すぎるシカマルには通用せず、ナマエは仕方なく本音で話した。飲み会が楽しかったからか、まだ誰かと話していたかった。
 シカマルはしかめっ面で少し考えた後、ショボめのアパートの階段を上った。ナマエはその背中をニコニコしながら追いかけた。

「302号室だよ。お酒もおつまみもあるからゆっくりしてってー。」

「いやすぐ帰るけど。」

 シカマルは呆れた顔でナマエがウキウキで開けた302号室の敷居をまたいだ。扉がパタンと閉まる。まさかこの時は、翌朝までこの部屋にいるとは思っていなかった。

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