02



 シカマルの目が覚めると、隣にいるはずのナマエはいなかった。まだほんのりと温もりが残っており、風呂場から水が床を叩くシャワーの音が聞こえる。

 それほど飲んでいなかったというのもあるし、もともと酒が強い体質なのか二日酔いのような感覚はなく、むしろスッキリ目覚めた。

「あ、おはよー。」

 ナマエがタオルを頭にかけたまま出てきた。わしわしと自分の髪をタオルドライしながらベッドの上で目を開けているシカマルを見下ろす。
 眉がいつもより薄く、唇も自然なピンク色で幼い顔立ちのナマエにドキリとする。化粧をしていないナマエの顔をシカマルは初めて見た。

「やだ、そんなに見ないでよ。」

「顔ちげえ。」

「失礼ね。」

 かわいい、と言いかけてぐっとブレーキがかかった。目の前のこの人はカカシの彼女である。身体を重ねておいて今さらだが、人様の彼女にそんなことを言って良いのか迷った。

「シカマルもシャワー使いたかったら使いなね。」

 ナマエはキッチンに立つと、マグカップに牛乳を注いでゴクゴクと飲んだ。

「あーあのさ、」

「何?朝ご飯?わたし食べない派なんだけど用意する?」

「いやそうじゃなくてよ。」

「じゃあ何?ていうかパンと牛乳でいい?」

「あ……はい。」

 ナマエは下着と揃いのミニ丈キャミソールワンピースを着ているので、キッチンでかがんだり背伸びしたりするとチラチラとパンツが見えた。
 昨夜そのさらに深くまで見ているとは言え、見ていてはいけない気がしてシカマルは目をそらした。

「卵もあるね。……焼くからシャワー行ってきなよ。」

 ナマエが振り返りながら言うので、へいへいと言いながら下着だけ身に付けて脱衣所を借りた。ナマエはシカマルの半裸を見ても照れも何もなかった。

 風呂場には甘ったるい香りが充満していてまだほんのり湯気で曇っている。
 彼氏がいるというわりには男が使うようなものは一切置いておらず、バニラの香りと書かれたボディソープを借りる。

 頭からシャワーを浴びながら、またもアレ!?とシカマルは今の状況をおかしく思った。

 ――俺はなんで普通にシャワー借りてんだよ、カカシ先生の彼女に……。

 考えれば考えるほど今のこの状況がおかしいどころかまずいと思い始めた。とにかくさっさと部屋を出ようと、バスタオルを借り、仕方なく先程まで履いていた下着を身に着けた。

 シカマルが脱衣所を出ると、酒やつまみが散乱していたローテーブルに焼かれたパンと目玉焼き、牛乳が置かれていた。
 ナマエは小さなドレッサーの前で化粧をしていて、鏡越しにシカマルと目が合った。

「食っていいの、これ。」

「うん。コーヒーとかなくてごめんね。」

 シカマルはさっさと部屋を出ようとしていたのに、朝食を出されて無視して帰るわけにもいかず、着てきた服をさっと着てありがたくいただくことにした。

「奈良家はご飯派って感じだよね。」

「親父が朝は白米って言うから。」

「あは、イメージ通り。」

 シカマルはケチャップのかかった目玉焼きに、ケチャップ……?と思いながらも食した。
 シカマルより4つ歳上の女性がコーヒーでなく牛乳を飲んでいるのも意外だった。

「あ、あのよ、」

「んー?」

「俺、こんなゆっくり飯食ってていいわけ?」

「ん?いいんじゃない?非番でしょ?」

 ナマエはアイラインを引きながらシカマルと会話する。シカマルは牛乳をゴクリと飲んだ。

「いや……だからさ、」

「カカシ先輩は突然来たりしないから大丈夫。」

「!」

「ていうかもう来ないよ。別れそうって言ったでしょ。」

 たしかにシカマルはナマエにもう別れかけている彼氏がいるとは聞いていた。それを教わったのは中忍試験の試験官たちの打ち上げ中だった。

「シカマルが顔に出なきゃ何の問題もないから。……ていうか気付いても何も気にしないよ、先輩は。」

 ナマエはなんてことないように言いながら、アイシャドウをまぶたにのせてグラデーションを作っている。

「……そうか。」

 それしか言えなかった。ナマエは毅然と振る舞っているつもりだろうが、付き合いの浅いシカマルでもなんとなく強がりであることはわかった。
 ナマエが口紅を塗って髪を整えると、いつものナマエがそこにはいた。

「同期の先生なんだっけ?」

「そーっす。」

「そっかぁ。」

 ナマエは脱衣所に消えて、しばらくすると忍服に着替えて出てきた。

「任務行くから一緒に出よう。」

 部屋を出る際、誰にも見られやしないかとシカマルは内心ドキドキしたがナマエは何も気にしていないようだった。

「じゃねー。」

「……おう。」

 ナマエが去っていく姿を見ながら、もう二度とナマエとは会わないような気がした。中忍試験の試験官という共通点もなくなってしまったし、ナマエはシカマルのことが好きで身体を重ねたわけでないことはなんとなくわかっていた。

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