09
木ノ葉隠れの里中心街、とある茶屋。
任務を終えたナマエは、自宅近所の茶屋で遅めの昼食をとっていた。
昼食であると胸を張って言いづらいぜんざいとみたらしだんごのセットを食している。舌と胃が甘いものを欲していたのでしょうがないのだ。
もちもちと弾力のあるだんごを頬張って、熱い茶でそれを胃に流そうとした時だった。
「そういえば聞いたー?はたけ上忍の話。」
後ろの席のくのいちの話に思いがけず『はたけ上忍』という恋人の名前が出てきて思わず肩が跳ねてしまった。口をつけていた茶を吹き出してしまいそうになるも、なんとかこらえる。
「あーたぶんそれ聞いたわ。結構噂になってたよね。」
「はたけ上忍ってプライベート謎すぎるから、みんな気になってるんだろうねえ。」
「生活臭ないよね、寝たり食べたりしてんのかな。」
「してるに決まってるじゃん!」
あはは、と笑い合う2人の会話に聞き耳を立てながら、心の中で「してるに決まってるじゃん」と同様につっこみを入れた。ナマエも付き合うまでは食べているところや寝ているところは見たことがなかったので気持ちはわからなくはない。
「でも本当かな。ガセっぽくない?」
「えーそう?お似合いだと思ったけど。」
なかなか本筋を言わない2人のくのいちにやきもきしながら、ナマエはなおも聞き耳を立て続けた。カカシに関する『噂』、『お似合い』という言葉にまさかと心臓の鼓動が早まる。ひょっとして先日2人で出かけているところを見られたのかもしれないと思った。
付き合ってから数か月は、部屋以外で会うこともなければ、偶然すれ違っても知らん顔をしていた。それがここ最近では外食を共にするようになった。一楽は忍が客として訪れていることも多々あるし、実際に前回はイルカと遭遇した。
「たしかにはたけ上忍と釣り合う人ってそういないもんね。」
「そうだよ。だから『紅さんとはたけ上忍が付き合ってる』のは正直納得いったもん。」
――え。
ナマエは持っていた湯飲みが手から滑り落ちかけて、なんとか持ち直した。
「暗号班のあの子とかさ、はたけ上忍に憧れてたから結構ショック受けてたよね。」
「でも紅さんなら許す!とも言ってたよ。誰目線?って話だけど。」
「画になるっていうかさ。2人とも強いしいいよね。カップルで推せる。」
「わかる!応援したくなるっていうか。はたけ上忍ってちょっと近寄りがたい感じしてたけど、ちょっと親近感わいた。」
「ね、人を愛する心とかあったんだって安心したもん。」
「何それ、ウケる。」
2人の笑い声が店内に煩わしく響く。ナマエには響いたように感じた。実際にはそれほど声量はなかったはずだ。それでもナマエの耳に直接入って脳内にこびりつくようだった。
ここで立ち上がって店外へ出て目立つのもはばかられてじっと席に座る。しかしそれさえ自意識過剰だということに気が付いた。蚊帳の外であることが重くのしかかりながら、目の前の茶の濁りをじっと見て2人の話が終わるのを待った。
「あれ?ナマエさんだ、こんにちは。」
茶屋から出たナマエに声を掛けたのはサクラだった。
ナマエとサクラは何度か同じ任務を経験しており面識があった。カカシの教え子ということも知っていたので、カカシの師としての面をさりげなく聞いたりしておしゃべりする仲だった。もちろん、サクラにもカカシとの関係性は言っていない。
「こんにちは。サクラちゃんこんなところでめずらしいね。」
誰とも会いたくなかったなというのが本心ではある。
「これから要人護衛の任務なんですけど、もうワガママで。出発前におだんごを買ってこいって言われて今買いに行くところなんです。後は医療忍者を就けろとか、上忍じゃなきゃダメだとか。」
「そんな依頼人いるんだ、大変だね。」
じゃあわたしはこれで、と早急に思われそうだがとっととこの場から離れたかった。自分がどんな顔をしているのかわからないからだ。サクラから何も言われないということは、いつも通りの自分でいられているのだろうと思うが。
高慢な依頼人に憤り興奮しているのか、ナマエがポーカーフェイスを保てているのか、もしくはその両方であるからか。サクラは両手の拳を握ったまま不満そうに話し続けた。
「その分高いお給金支払ってるそうなんですけどね。まあ上忍の人員確保するならそれなりにもらわないと、って感じですよね!」
「そうだね。」
「あ、そうだ。ナマエさんここのおだんごよく食べに来るんですか?おすすめあったら教えてくださいよ!」
「あーうん。」
1度出た店先に再びサクラと戻ると、立て看板のメニューをのぞき込む。
「ご近所なんですか?わたしあんまりこっちの方来なくて。」
「そうだよ。あ、これとか全部1種類ずつ入ってるからいいんじゃない?それかこの人気のだけのセット。」
「そうですね!じゃあ……これにします。ナマエさんありがとうございます!」
サクラのまぶしい笑顔に、すさんだナマエの心が幾分かほぐれた。しかし、その後すぐ背後に感じる静かな気配にドキリと心臓が跳ねる。
さすがに慣れてきた。気配を最大にまで殺した気配。なんでこんな時に、と後ろを振り向いた。
「サクラ、だんご買うのにいつまでかかってんのよ。」
依頼人には上忍を就けろと言われたとサクラが言っていたが、まさか今ナマエが1番会いたくない人だとは。
振り向かずとも気配と声でカカシであることがわかり、ナマエの身体は密かに緊張した。
「そんなに時間経ってないですってば!ナマエさんとばったり会って少しお話してただけで。ねー、ナマエさん!」
「ん、そうだね。」
ナマエはカカシの方へ振り向いた。いつもとなんら変わらないカカシがいる。
「こんにちは、カカシ先輩。」
「ナマエ、だんごは飯じゃないよ。」
カカシには昼ご飯替わりにだんごを食べていたことはバレバレのようだった。
「カカシ先生とナマエさんって知り合いなんですね。」
「サクラ、いいから早く買ってきて。」
「はぁい。」
店内に入るサクラの後ろ姿を見ていると、入れ違いで同年代の2人組が店から出てきた。2人は軒下のカカシを見るや否や、ぱっとお互いに目配せして、にまにまと上がる口角を押さえるようにほころばせた。その表情で、先ほどカカシの噂話をしていたのがこの2人だったのだとナマエは気が付いた。
もじもじと物言いたげに互いに目配せしてはカカシのこともチラチラと見る2人に、カカシも気が付いたようだった。カカシと目が合った片方の子が勇気を振り絞るように頬を赤くしてカカシを見上げた。
「あ、はたけ上忍……!あの……、紅さんとのこと聞きました……!」
「え?」
カカシは目を丸くして、一体何のことだとその子を見下ろした。
「めっちゃ素敵だと思います!」
「応援してます!」
2人はキャーキャー言いながら去っていった。
カカシはその2人の後ろ姿を見つめて、なんだかなぁと困ったようにポリポリと首の後ろをかいた。
「今のってさ……、」
カカシがようやく何を言われたか理解したころには2人の姿はなく、ナマエの表情を探るように見つめた。
ナマエは意味もなくだんご屋の看板を見つめていたのをやめて、パッと顔を上げた。
「カカシ先輩ってば有名人で大変ですねえ。」
「……ナマエは何か聞いたの?」
「詳しくは聞いてないですよ?なんかカカシ先輩のことで噂が広まってるんだなぁって。」
ふふっと笑って店内のサクラを見るナマエの横顔をカカシはじっと見つめた。
「あのさ、わかってると思うけど、」
「あ、サクラちゃん来ますよ。」
サクラが包みを持ってゆっくりと歩いてきているので、ナマエはカカシの言葉を遮った。それでもカカシはこれだけは伝えておこうとまた口を開く。
「ナマエには迷惑かけないようにするから。」
カカシが一体どんな顔でそう言っているのか見ることはしなかった。まるでサクラの姿を目で追うのが忙しいかのように、涼しげに視線を外していた。
「お気遣いありがとうございます。」
ナマエは軽くお辞儀すると、サクラに手を振ってその場から立ち去った。カカシはその後ろ姿を黙って見送った。
「あれ、ナマエさん帰っちゃったんですね。待っててくれたのかと思ったのに。」
もう角を曲がって見えなくなったナマエの後ろ姿を探すようにサクラは残念そうな声を出した。
「どうでもいいんじゃない、たぶん。」
「え?何がですか?」
「こっちの話。」