08



 寝返りをうとうにも身体が思うように動かずぼんやりと目を覚ます。

「ん……?」

 ナマエの部屋のシングルベッドは壁に沿って配置されている。
 起きると目の前が壁な上に、背後は温いものがぴったりと背中に張り付いていてかなり狭い隙間に追いやられていた。

 ぼんやりと頭は働かないまま、自分のテリトリーを広げるようにぎゅうぎゅうとその背後のぬくもりを押し戻すように寝返りをうつ。

 ――あーそうだ、カカシ先輩が泊まってってくれたんだった。

 寝返りをうったことで目の前に胸板がありぎょっとして目がさえる。忙しいカカシがナマエの家で眠っていくことは少なかったので、見慣れない光景に少し緊張し不用意にもぞもぞと動いてしまったことを反省する。
 些細な物音でもすぐに起きてしまうカカシには珍しく、すやすやと眠っているようでほっと息をなでおろした。

 目がさえてしまったので、眼球だけをキョロキョロと動かすも今が何時ごろなのか時計も外の様子も見えない。仕方なく正面を見ると、細く見えるのに実は筋肉質な胸板。忍の多くはモリモリのマッチョより機動力を重視した細マッチョが多いが、カカシもそのタイプだ。

 ――跡つけたら嫌がられるかな……。

 たまに腕や脚に傷を負っているのは見たことがあるが、きれいに傷のないカカシの素肌は安心すると同時にとてつもなく自分の痕跡を残したくなる。お互いが思い合ってればそれだけでいい――と言えるほど、ナマエは心が美しいわけでも、ましてや余裕や自信があるわけでもなかった。この人が自分のものであると大声で言ってまわりたい。

 鎖骨の下あたりにそっと唇を寄せてみる。

「……。」

 もそもそと身体を下にずらしていき、隣で眠るカカシと壁の間の隙間から脱出を試みようとするも、やや強引にぐいと引き戻される。脱出中に布団の中を手探りで探した下着がぽろりと手から落ちた。

「起こしちゃいました?ごめんなさい。」

 ぴたりと触れる体温は、ぬるく心地良い。先ほど目の前いっぱいに広がった胸板へ逆戻りした。結局唇を寄せただけで跡をつけることはしなかったため、変わらずきれいなままだ。

「ん、でも結構寝たな。」

 いつもより気の抜けた声にきゅんとする。カカシの素顔も、この声も、知っている人はそう多くないはずだ。少しの優越感で満たされる。

 頭上に手をのばして、視界の端で乱雑に落ちたTシャツを取ろうとすると、カカシの手が先にそれを取った。

「はい。」

「ありがとうございます。」

 布団の中でいそいそと着て、洗面台に立つ。
 うっすら肌にいい化粧はしているものの、ほぼノーメイクの状態だ。カカシの前でいつでも完璧でいたかったが、今はもう多少緩んできている。そのくらい以前に比べるとカカシと会う頻度が上がってきたのだ。
 髪を整えてから、小さな冷蔵庫の前に座り込む。食材はほとんどなく、水だけ飲んでリビングへ戻った。

「お腹空いちゃった、」

「んー……。」

 まだぼーっとしているカカシ。

「カカシ先輩も何か食べますか?買ってこようかな。」

「どこか食べに行く?」

「!?」

「ん?それか買ってこようか。」

「え、いや!食べに行きたいです!」

「じゃあ行くか、」

 ベッドに腰掛けて口が隠れる服を着始めるカカシの横顔を、信じられないものを見るように眺める。
 2人で外出することは初めてだ。ナマエの家以外で会うことがなかったので、並んで歩いたことさえもない。あまりにも突然の出来事にうろたえながらも、あまり待たせることのないようにと、洗面台へ逆戻りしてシンプルなワンピースを頭から被った。
 ワンピースの首元からすぽんと抜けた自分の顔と鏡越しに目が合う。戸惑いもあるが、口角が少し上がっていたことに気付いてわざとらしく口を結んでへの字にする。

 ――カカシ先輩の隣に並ぶなら、ちゃんとお化粧し直したいな。

 チラっとリビングを確認すると、額当てさえつければもういつでも外に出られそうなカカシがベッドに腰掛けているのが見える。フルメイクしている時間はないなと急いでパフパフ粉を叩いて、1本でバッチリ決まるリップティントを唇にのせる。髪をざっくりとお団子に結べば、完璧ではないものの完成した。





「何食べたい?」

「え。えっとー……、」

 2人で並んで歩いていることが嬉しく、何を食べるかなどどうでもよくなっていたので、カカシからの質問にナマエは口ごもった。

「んーカカシ先輩の行きつけのお店とか行きたいかも、」

 言ってから『あ、間違えた』と思った。本心ではあったが、関係性を周知されていないお付き合いにしてはあまりにもおこがましい要求であると。
 ナマエが言葉をどう取り消して誤魔化そうか考えている間に、カカシはうーんと間延びした声を出した。カカシを困らせたかもしれないと思った。

「あ、いや、えっと……、」

「行きつけっていってもそんなに決まったところ行ってないからなぁ。」

「いいんです!なんでも良かったから言ってみただけで!えっと、何がいいかな……。」

「ラーメンでいいなら、部下連れてよく行くところあるけど。」

「!」

 『え!いいの!?』とカカシの顔を見上げると、見下ろすカカシと目が合う。カカシにはナマエに尻尾が生えてそれが勢いよく揺れているように見えてくっと笑う。

「ラーメンで良さそうね。一楽だけど行ったことある?」

「ないです。楽しみ!」

 なおもぶんぶんと尻尾が揺れて見えるナマエ。鼻歌でも歌いだしそうなのに、澄ましてるように見せるのがいじらしくついカカシは笑ってしまう。

「なんで笑うんですか……!」

「楽しみって顔に書いてあるから。」

「え、そうですか?」

 ナマエは自分の頬を両手で包んで恥ずかしそうにした。カカシの前では精神年齢が高く見えるように大人ぶっているつもりなので、どうにかしてクールな表情を作りたかったが、自然と口角が上がってしまう。

 カカシは『そんなにラーメンが好きだったのか』と上機嫌なナマエを見て微笑ましく思った。しかし、それと同時に心に薄いもやが影を落とす。
 
「ナマエは何でも顔に出るよね。」

 カカシは自身の隣をるんるん歩く、いつもより幼く見えるナマエを見下ろした。

「出てます?」

「……そう思ってたんだけどな。」

 カカシの言っている意味がよくわからなかった。カカシの顔はいつも通り口布と額当てで大部分が隠れていて、表情で読み取れる情報が少なかったが、怒っているようには見えなかったのでそのまま流すことにした。
 ナマエはカカシの考えていることをわかった試しがない。

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