【O】
波の国から戻ると、またいつも通りDランク任務をこなす日々が始まった。
最近は朝起きた時の違和感を感じることもなく、あくびが出るほど平和。少し問題があるとすれば、ナルトとサスケの仲が少し良くなく、ナルトが任務で空回っているくらいだ。
「……なんだ。」
「いや別に。」
やっと捕まえた大名の猫を抱きしめながらサスケの横顔を見つめていたら、うっとおしそうな顔をされた。
カカシ同様サスケも、あの林での一件の翌日からいつも通り。かなり普通だった。
――男性ってそういうものなのかしら。
かく言うナマエ自身も、カカシとサスケに対して意識することはほぼなくなった。まるで何事もなかったように2人とも接してくるので、ナマエもあまり気にしなくなった。ただ少し身体を触られただけ。それだけだ。
「じゃあ我々はこれで。」
「ええ!大事なトラちゃんを捕まえていただいて助かりましたわ。」
カカシと依頼人が話し終えると、嫌そうに暴れ回る猫を抱えて依頼人は去っていった。ナマエはその猫に手を振った。
「カカシ先生カカシ先生!この後俺に修行つけてくれってばよ!」
「俺はこの後用事があるの。」
「ちぇー。」
「ナマエ、ちょっとこの後話があるから残って。」
「あ、はい。」
カカシから突然名前を呼ばれ、ぼーっとしていた頭が覚醒した。
「ナマエだけ?俺は?俺は?」
「お前らは解散。」
ナルトはえーっと言いながらも、サクラと一緒に帰っていった。サスケも、ナマエ個人で呼ばれるのがめずらしいからか少し気にする素振りをしてから帰った。3人の後ろ姿を見送りながら、ナマエは胸の鼓動が早くなるのを感じた。パブロフの犬のように、カカシと2人になるだけで期待で渇きと――身体に熱を感じてしまう。
「早速なんだけど、ナマエに個人的な任務の通達が来てる。」
「え、わたしだけですか?」
「んーそうなんだよね。今回は俺も同じ任務に就くことになったけど、毎回そうとは限らないから。」
カカシが火影邸方面へ歩き始めたので、ナマエも並んでついていった。
「カカシ先生も同じ任務ですか?ていうか今からですか?」
「猫探ししてる間に通達が来たんだ。どうやら敵の懐に潜入したいのに変化の術が通用しないって新情報が入っていね。」
「え、まさかわたしの任務って……、」
「お前の忍者登録書の写真がどうやら似てたらしいんだ、本来変化の術で化けようとしてた子にね。」
――潜入任務だ……。
もちろん潜入任務なんて初めてだ。ナマエは不安な顔でカカシを見上げた。
「俺が空いてて良かったよ。ま、緊張すると思うけどとりあえず行こう。」
「はい……。」
カカシがいてくれるなら波の国の時のようになんとかなるかと、ナマエは小さく拳を握った。
なんとかなるだろうというナマエの考えは、完全に甘かった。
「243番、来なさい。」
「はっはい!」
この屋敷の主人に呼ばれた。小太りでいかにも金持ちそうなその男は、身のまわりはすべて同じ服を着た同じような顔立ちの女で固め、その女たちは番号が振られていてかなり異常だった。
「ふむ……、写真写りが悪いと言われないか?」
「あ、えと、たまに……。」
ナマエはにっこり微笑んだ。
――これバレてる……?
ここで働き始めてから音沙汰がなくなった依頼人の娘を探すのがナマエの任務だった。カカシはこの屋敷のどこかでこちらの様子を伺っているというのだが、この部屋に近付けているのかさえ不明だった。
ナマエは主人と距離を取ろうとするが、なかなかうまくいかない。バレていそうな気がするから一度撤退したい気もするが、勝手にそんなことをしていいのだろうかという不安もある。
――でもここでわたしが不自然に逃げたら行方不明の娘さんが……。
任務中での迷いは、失敗や死に繋がることは理解していた。どうするか判断するのは自分しかいなかった。逃げるか、続けるか。
――そうだ、まず1人になってカカシ先生を探そう。
ナマエは適当に仕事を見つけたふりをしようと、その場にあった空のカップをお盆に乗せて主人の部屋を出た。
「きゃあ!」
その判断が間違っていたと、その時は気が付かなかった。
すべてが終わった後、大きなベッドの真ん中で眠る男の下敷きになっている自分の服を引っこ抜いて身に着けた。普段は塗らない口紅がほぼ取れてしまっている。
ナマエが男の寝室からガチャリと出ると、静かな廊下の真ん中に、すとんとカカシが落ちてきた。
「ナマエ……。」
カカシはナマエがそこにいるのがわかっていたようで、いつも以上に顔に覇気がなかった。そのままナマエを抱きかかえて屋根裏などを伝って外に出た。
ナマエがぼーっとしてる中、屋敷から少し離れた森の中に着いた。今回の任務に就いている中忍の2人も、屋敷から離脱してそこで待機していたようだった。
「……一度戻ろう。」
カカシがそう言うと、中忍2人は項垂れたようにはいと言った。
「ナマエ、ごめんな。」
カカシはナマエを抱えたまま走りだした。カカシの腕ならあの場にいた者全員を殺してナマエを助けることだってできたはずだ。だが、それではダメだった。ナマエはそれを理解している。下忍といえど忍だ。外傷もなく屋敷を出られたのだからむしろ幸運だと思うべきだった。
「ごめんなさい……、」
ナマエは自分の潜入がうまくいかなかったために任務に失敗したことをなんとなくわかっていた。
カカシの首に腕をきつく回して、首筋に顔を寄せた。ぼろぼろと涙が溢れる。カカシは何も言わなかった。
カカシやサスケと、あの男は違った。何が違うのかはわからなかった。
――こんなことを耐え忍ばなきゃいけないなんて、おかしな世界だ。
ナマエは自分の判断と、くのいちの宿命を呪った。