03


【O】

 カカシ率いる第7班は、初めてのCランク任務で波の国を訪れていた。
 依頼人のランク詐称によって対忍戦闘ありのAランク以上の任務内容となってしまった一行は、カカシの回復を待ちつつ再不斬を迎え撃つために木登り修行を課されていた。

「今一番チャクラコントロールが上手いのは、女の子のサクラみたいだな。」

 サクラが案外簡単ね、と言いながら太い枝の上で脚をぷらぷらさせている。ナルト、サスケ、ナマエの3人は地上からサクラを三者三様の表情で見上げた。

「この分だと……火影に一番近いのはサクラかなぁ。誰かさんと違ってね。」

「!」

「もう1人の女の子は差がついちゃってるし。」

「!」

「それにうちは一族ってのも案外大したことないのね。」

「!」

 ナルト、ナマエ、サスケは3人ともぐっと押し黙り、カカシの思惑通り闘志を燃やした。





 カカシが焚きつけた甲斐あってか、ナマエはナルトやサスケよりは早くコツを掴んだ。それでも頂上まで到達するにはまだまだ道のりは長い。背の高い木の見えないてっぺんを見上げて、はぁとため息を吐いた。

「ナマエお前スタミナがないからって挑戦回数が少ないよ。」

 松葉杖で身体を支えたカカシが、ナマエを見下ろして言った。ナマエは「闇雲にやったって上手くいかないんだもん」と反論したい気持ちを抑えて「はい」と返事した。

 カカシがサスケに何かを言いに背中を向けたので、ナマエはカカシの後ろ姿をチラリと見た。

 ――意識してるのはわたしだけだよね……。

 クナイをぎゅっと握り直して、木の幹に足を掛けて駆け出した。
 足の裏のチャクラに集中しながらも、カカシの態度について考えた。突然優しくなったり突き放されたりしてもどうかとは思うが、何1つ変わらないカカシに戸惑っていた。

「ひゃあ!」

 集中力が足りないからか、体力の限界だからか、7歩ほどのところでチャクラの吸着が消えた。慌ててクナイで木に傷を付けようとしたせいで、受け身を取りづらい体勢のまま宙に放り出される。

「ナマエっ!」

 地面に倒れ込んでいるナルトの声が聞こえた。反転した世界がスローモーションに見え、「受け身間に合うかなぁ」と悠長に脳みそは働いていた。

「……あれ、?」

「ったく、危なっかしいんだから。」

 サスケの方に向かっていたカカシが、ナマエが地面にひれ伏す前に間に合った。はぁと吐くカカシのため息がナマエの耳元で空気を震わす。
 ナマエの胸の下に腕を回し、ナマエの背中を胸板で支えたカカシ。胸の下に回っていない片腕には松葉杖が挟まっているのによく間に合ったと一部始終見ていたナルトは目を丸くした。カカシが支えなければ、ナマエは後ろ向きで倒れていた。

「ひゃ、カカシ先生!」

 そんなことより、ナマエの胸の膨らみが引っかかりになっている今の体制に狼狽えた。散々カカシに見られ触られたが、一方的にカカシを意識していた時間が長い分恥ずかしさが爆発した。
 カカシにほぼ全体重を預けていたナマエが慌てて離れようとした予想外の動きで、カカシも「えっ」と間抜けな声を出した。

「きゃあ!」

 どさっという大きな音に、肩で息をしていたサクラも、ちょうど地面に降りてきたサスケもなんだ?と2人に注目した。

 カカシはかろうじて尻もちをついていなかったが、松葉杖の下の方を支えにしゃがんでいた。そのカカシに覆いかぶさるようにナマエが盛大にずっこけた。折り曲げたカカシの片膝に跨がり、地面に着こうとした手がカカシの両肩の上で無意味に伸ばされている。小さい子どもと父親の抱擁シーンのようだった。

「お前ね……。」

「すいませんすいませんすいませんすいません!」

 ナマエは顔を真っ赤にしてカカシから飛び退いた。突然の出来事に驚いたからではない。カカシの腕に当たる自分の胸に、カカシの膝に当たる自分の股に、至近距離で感じるカカシの温もりに、意識がいってしまったからだ。

「ナマエ、あんた大丈夫?」

 飛び退いてそのまま頭を下げていたので、ほぼ土下座のような体勢のナマエに、サクラが手を差し伸べた。
 ナマエはサクラの手をありがたく取り立ち上がりながら、もう片手で自分の赤い顔を隠した。

「サクラありがとう……。」

「ナマエってたまにとんでもなくドジなんだから。でもケガがなくて良かったわ。」

 サクラがしゅるりとナマエの乱れた髪を手櫛で整えた。

「ナマエってば俺よりドジかもな!」

「うう……、ナルトよりドジなの辛い……。」

「どーいう意味だそれ!」

 ナルトが騒ぎ出したのを横目に、ナマエはカカシをチラッと見るともうすっかり立ち上がってハハハと笑っていた。

 ――あーなんかわたし絶対に変だ……。

 自分の慌てふためきようと、カカシのいつもとまったく変わらない態度のコントラストにますます冷静でいられなくなる。
 まだ赤いかもしれない顔を隠すように、前髪を整えていると、その隙間から少し離れたところにいるサスケと目が合った。

 ご心配なく、と笑いかけようとしたら、その前にプイと顔を背けられてしまった。





 修行を始めて数日経過すると、ナマエもコツを掴んでかなり上の方まで登れるようになってきた。夕飯を食べ終え、後片付けの手伝いをしていると、カカシにナマエちょっと、と呼ばれた。

「ナマエはもう十分チャクラコントロールできてるし、明日からお前も護衛にまわれ。」

「……もうすぐ頂上に行けそうなんです。それに、まだ歩いて登るにはコントロールが上手くできてなくて。あと1日だけ修行してはダメですか?」

 本来の任務はタヅナの護衛だというのはわかっている。それでも真面目な性格ゆえか、完璧に木登り修行でのチャクラコントロールを身に着けたいとナマエは懇願した。

「まぁいいよ。明後日からはサクラと護衛な。」

「ありがとうございます!」

 ナマエは良かったと胸を撫で下ろした。カカシはリハビリも兼ねて筋トレするというので、またツナミの手伝いをしようかとダイニングに戻りかけた。

「ナマエ、腹いっぱい?」

「え?」

 ――「もう、先生、お腹が……いっぱいです……。」

 ――「ハハッ腹いっぱいね……、」

 カカシが畳の上で膝立ちしている。ナマエはぼんっと先日の色の修行を思い出した。

「俺の上乗ってくれる?」

 ナマエは知識だけでは知っている、あの体位のことへ思考が吹っ飛んだ。カカシの上に乗る、アレ。
 ナマエの顔がぼぼぼぼっと赤くなる。

「えっと、あの……その……、」

 ナマエが口元に手を遣りモジモジしていると、カカシは膝立ちの姿勢から上体を前に倒して指立て伏せを始めた。しかも指1本で。

「あ、え……?」

「ナマエ1人じゃ軽いか?あーサクラ!お前もちょっと来て。」

「何よ先生……って、また!?」

 サクラは経験があるのか、カカシの背にぴょいと腰掛けた。ナマエもそれに倣って、黙ってカカシの腰辺りに腰を下ろした。



 

「あのさぁサクラ……、」

「ん?何?」

 ナマエとサクラは2人で風呂に入っていた。ナルトとサスケはまだ林の中で修行しているはずなので、帰って来る前にさっさと2人で入ってしまおうということになった。

「サクラは、その、カカシ先生と修行……どう?」

 カカシがみんなすると言っていたので、きっとサクラもカカシと色の修行をしているはずだ。それなのに自分と違ってカカシを少しも意識していないように見えた。ナマエはあの日以来、自分が変になったのではと思うくらい意識してしまっているし、「そういうこと」を考えてしまうようになった。
 サクラはどうしてそう普通でいられるのだろうと、見習いたい気持ちが強くあった。

「え?カカシ先生?……ってそういえば最近ナマエ、なーんかカカシ先生に対して変よね。」

「ぅ、サクラはすごく普通に接してるよね……。」

「やだナマエ、あんたもしかしておっさん好き!?」

「ええ?ち、ちがうよ……!」

 ナマエは小さな湯船で膝を抱えた。

 ――カカシ先生が好き……?そうなのかな……?

 サクラはざばぁと湯船から出ると、シャワーを浴びてタオルを手に取った。

「あーなんか逆上せそう。先に上がるわ。」

 ナマエが湯船でモヤモヤと1人思考の渦に飲まれていると、サクラはあぁそうそうと振り返った。

「ナマエがサスケくんに興味なくて良かったわ。ナマエってばわたしよりなーんか色っぽいし……胸デカいし!」

 サクラがジトッとナマエの胸を睨みつけてから、ガラリと風呂場を出ていった。

「ええ……?」

 ぴしゃっと閉まった扉をしばらく眺め、「やっぱり好きな人がいると色の修行でも感情移入しないのかなぁ」とぼんやり考えた。





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