【R】
――時々、朝起きるといつもと何かが違うと感じることがある。
具体的に何が違うとか、「それ」を言葉で説明するのは難しかった。それでも年齢を重ねるごとにその何かが違う日がくる頻度が増えてきたようにナマエは感じていた。
「ナマエ聞いてる?」
「……あっ、え、何?」
「ぼーっとしてたわよ。たしかにそうなる気持ちもわかるけど。」
今はDランク任務で除草作業をしていた。ナマエは考えごとをしていたのでサクラに話しかけられていたことに気が付かなかった。サクラはナマエの隣で、ナマエがむしった雑草の山をゴミ袋に詰めてくれていたようだった。
「わたし結構こういう作業嫌いじゃないんだ。夢中になってたかも。」
ナマエはへへっと笑うと、手元にあった抜きたての雑草をサクラが広げた袋に投げ入れた。
「えー?わたしは嫌いよ!カカシ先生が手伝ってくれたらもっと早く終わるのに!」
サクラは、木の根本に寄りかかってイチャイチャパラダイスを読むカカシをキッと睨みつけながら言った。カカシは聞こえているはずなのにこちらに一瞥もくれず本を読み続けている。
「修行の内なのかもね?」
足腰に負担はかかるし、雑草を引っこ抜き続けるには意外と腕の力が必要だった。サクラとナマエがのんびりとやっている区画の反対側では、ナルトとサスケがカカシに焚きつけられて競うように草を抜いていた。
「カカシ先生の場合、自分がやりたくないだけだと思うけど。」
サクラの言葉にナマエはそれもそうなのかもしれないと思った。班員であるナルト、サスケ、サクラほどナマエはカカシに対して無礼な態度は取らない――上司なのだからそれが当然だとナマエは思っている――ので、肯定はせず曖昧に笑っておいた。
「サクラちゃんサクラちゃん!こっち、こっち来てくれってばよー!」
「なぁに、ナルトうるさいわねー!」
サクラがナルトに呼ばれて行ってしまったので、ナマエはその背中を途中まで見届けてまた下を向いて雑草を抜き始めた。手首の下辺り、腕の内側が痛くなってきた。
急に手元が暗くなり、ナマエがなんだろうと顔を上げると目の前にカカシが立っていた。
「ぁ、わ、びっくりしたぁ……。」
カカシは歩いても走っても音も気配も匂いもしないのはわかっているが、やはり慣れない。特に今日はぼーっとしてしまうので、カカシが目の前に来てもちっとも気付かなかった。バクバクと鳴る心臓に手を当てながら、ナマエはカカシを見上げた。
「ナマエ、この任務が終わったら第12演習場で集合な。」
「あ、はい。わかりました。」
ナマエが第12演習場ってどこだっけ……と考えながらも、サクラと一緒に行けばいいやと思い出すのを諦めた。
「火影邸近くの小さい室内演習場だからな。」
「はぁい。」
あーあそこかぁとナマエは思い出しながら、カカシには何もかも見透かされているような気がするなと思った。上忍とは皆こうなのだろうかと思いながら、またぶちぶちと雑草を抜いていく。蒸し暑く、喉が渇いた。早く終わらないかなぁと思いながら班員たちを見ると、ナルトがサスケに何かを言っていて、それをサクラが怒って止めているようだった。
――早く終わらせてお水が飲みたい。
無性に渇く喉に少し違和感を覚えた。
「ごくろーさん。俺は報告書を出してくるから、ここで解散。」
サスケ以外がはーいと返事したと同時に、カカシは瞬身で目の前から消えた。
ナマエは解散?と思いながら、このまま4人で演習場へ向かうことになるだろうと思っていた。
「サスケくん、この後わたしと……、」
「あー!ダメダメダメ!サクラちゃん、サスケなんかじゃなくって、俺とデートしてくれってばよ!」
「俺に構ってないで修行しろ。」
いつものお決まりのような流れに、ナマエは目を丸くしながら3人を見つめた。
――あれ?演習場へ行かないの?
ナマエはスタスタとうちはの集落の方面へ向かうサスケと、やいやい言いながらも同じ方向へ歩いていくナルトとサクラの背中を見送った。
「ナマエ、バイバイ!」
「そうだった!ナマエ!またなー!」
くるっと振り向いて挨拶していったナルトとサクラに手を振った。ここで確信した。自分だけカカシに呼び出されているんだ。
個別で演習場へ呼び出されるのは初めてだ。カカシのもとへ就いてからまだ日は浅いし、何かをやらかした覚えはない。
――わたしだけみんなに劣っているのかな……。
アカデミーのくのいちクラスでは、いのに引けを取らないほど優秀だったと自負している。才能があるわけではないが、根が真面目なので修行をきちんと行っていたから。Dランク任務続きだが真面目にこなしているつもりだった。
ナマエは何を言われるんだろうと気落ちしながら第12演習場へ向かった。水を飲みきってしまったので、修行をつけてもらえるなら飲み物を調達しなければと思いながら。
第12演習場は、武道場のような造りで柔らかい畳が敷き詰めてある比較的小さな演習場だった。手裏剣の的や縄抜けの練習用ロープなど必要最低限の備品しかなく、カカシを待つ間どうしていようかと室内をキョロキョロ見渡した。
手裏剣の的あてでもしようかと思ったが、カカシと修行するなら体力は温存しておきたいと思い直して、部屋の真ん中で三角座りで待つことにした。
――はぁ、渇く。
「待たせたな。」
「!いえ!お疲れさまです!」
扉の開く音さえさせずに、カカシはいつの間にかナマエの数歩先に立っていた。ナマエはしゅぴっと立ち上がると、何を言われるんだろうとカカシを見上げた。
「ナマエは他のやつらと違って礼儀がなってるね。」
「あは、そうですか?」
ナマエは両親とも忍で、上忍――もっというとカカシがどれだけすごい人物であるかを知っていた。皆はまだカカシの本当のすごさを知らないから仕方ないかとは思っている。鈴取り演習ではカカシの本当の実力なんてわからない。
「早速だけど、これからナマエとは新しい任務の修行をするから。」
「新しい任務、ですか?」
「そ、色任務。」
ナマエは喉がコクンと鳴った。
――色任務って……。
くのいちクラスの授業で存在は知っていた。くのいちは、男性の忍より潜入任務が多くなると。それは「女」を使って男から情報を引き出すこと。アカデミーでは生け花やお茶など女性としての教養は習ってきた。
カカシの言う色任務の修行が、生け花やお茶などでないことはナマエにもわかった。
「まぁ複雑なのはわかるけど、みんなやってるからしょうがないのよね。こればっかりは我慢して慣れてもらわないと。」
「え、みんなも……?」
カカシはなんてことないようにいつもの口調で言うので、自分が恥ずかしいやら怖いやら思っているのがおかしいような気がしてきた。ナマエは拳をぎゅっと胸の前で握った。
「始めるよ。いい?」
「はい。」
緊張でコクンと唾を飲み込んだら、なぜか喉の渇きが消えたような気がした。