(26)


「好きだ……。」

 一晩につき一度ということがほとんどのその行為が、シカマルの気まぐれか盛り上がりのせいか二度した夜だった。
 ゴム越しに欲を放ってごろんと寝そべり、シカマルがナマエを抱きしめた時にぽろりと出た一言だった。シカマルが突然言い出した言葉に、ナマエは一瞬固まってしまった。当のシカマルも言うつもりがなかったのか、緊張した気配がした。

 聞こえなかったふりをするには言葉が響いてしまっていたので、それは不可能に思えた。
 シカマルの気持ちにまったく気付いていないわけではなかった。「好き」と言葉にされたことはなかったが、抱きしめる手つきや名前を呼ぶ甘さに、ナマエはシカマルからの好意を察していた。気付いていないフリをしていたのだ。

 ナマエがどう返そうか考えあぐねている間に、覚悟を決めたのはシカマルの方だった。

「好き。」

 二度目の好きは目と目がばっちり合っていた。シカマルがくるりとナマエの方に顔を向けてはっきりと言われた。真剣な瞳に、ナマエは動けなくなった。

「――はぁー……やっと言えたわ……。」

 真剣な表情から一変して、シカマルはいつものやる気のない顔に戻った。深いため息から、シカマルのその二文字にどれだけの時間と想いが込められているのかわかった。

「えっと……ありがとう……。」

 やっと出た言葉はそれだった。頭の中ではもっと気の利いたことを言えよと思ったのだが、それしかなかった。

「で?返事は?」

「えー……?返事……って……。」

 ナマエはクスクス笑ったが、さすがにそんな場合じゃないと空気を読んだ。
 寝転んでいた姿勢からがばりと起き上がると、寝そべった状態のシカマルを見下ろした。

「わたしの好きとシカマルの好きは違うと思う……。ごめん……。」

「だろうな。」

 シカマルはふっと笑った。ナマエの気持ちは筒抜けだったようだった。

「あの……えっと……いつから?」

「アカデミー卒業したくらいから。」

「なっ……、がいね……まじか……。」

 ナマエはベッドの上で、布団で身体を隠しながら三角座りした。

「アカデミーで毎日会ってたお前と会わなくなって、どっかで死んじまってる可能性もあるって気付いた時に自覚したよ。お前のことが好きだって。」

「そう、なんだ……。ありがとう、そんな風に思ってくれて。」

「次はお前だぞ。」

「え?」

 シカマルはゆっくり起き上がると、ベッドに腰掛けてナマエと目線を合わせた。

「俺は言ったんだから、お前も言ってこいよ。」

「何が?」

 本当はシカマルの言っていることはわかっているがはぐらかした。

「カカシ先生に。」

「好きじゃないよ、もう。」

「嘘吐け。」

 ナマエは黙った。実際のところ、カカシへの気持ちは何も変わっていなかった。好きと自覚してからも、何も思っていないふりをし続けて教え子として接したし、時折どうしようもなく欲しくなる時は寄りかかって甘えた。

「前に言ったでしょ。この感情はバグというか……事故みたいなものだから。」

「それの意味がわかんねーよ。」

「シカマルはわかんなくていいよ。」

 あの甘ったるい悪夢のような生活は終わったのだ。完全に終わっても溶け出した余韻はまだこの生活にもこびりついて取れなくて、ナマエはそれとずっと生きていく。

「じゃあそれでも良いから。言ってスッキリしてこいよ。で、フラれて来い。」

「なんでそんなに告白させたがるの?」

「フラれたところにつけ込むからよ。」

「……シカマルってそんなキャラだっけ?」

「まあそれは冗談だけど、お前は1回ちゃんとして来い。ふらっふらしてて危なっかしい。」

 告白することによって「ふらっふらしてて危なかっしい」部分が消えるとはどういう原理だろうとナマエは考えた。そして自分のことを「ふらっふらしてて危なっかしい」と感じたこともなかった。

「うー寒くなってきた。」

 布団はかけていたものの裸のままでいたので寒さを感じた。ぷるっと震えてまた布団の中へ吸い込まれるように入って包まった。ベッドに腰掛けるシカマルの背中に腕を伸ばして人肌を求めるようにぎゅっと抱きついた。

「お前、フッた相手にそんなことするか?フツー。」

 シカマルが呆れてチラっと後ろを振り返るので、ナマエはそうだったと腕を引いて布団の中へ収めた。

「ごめん、デリカシーないよね。あとデリカシーないついでに聞きたいんだけど、わたしとセックスするのってどうして?」

 ナマエが布団から目元を出してシカマルの背中に問いかけた。シカマルは少し考えてはぁとため息を吐いた。

「……お前に触れられるなら今心がなくてもいいと思っちまったんだよ。」

 シカマルはナマエの髪を撫でると、いそいそと散らばった服を着始めた。ナマエはその後ろ姿から目線を外して見慣れた真っ白な天井を見上げた。きっとこの後ろ姿を見るのは最後だろうとなんとなく思った。

「……あーなんかわかるかも……。」

 シカマルには聞こえないようにぽつりとつぶやいた。





 シカマルとカカシの話をしたからか、カカシに会いたいと思った。もちろんそれは昼間に待機所で会うなんていう健全な「会いたい」ではなく、家で2人きりでという意味の「会いたい」だった。

「もう、先生……、イく、や、……、」

「ははっ、……いいよ、イって……。」

 カカシのモノがナマエのイイところを突くと、ナマエは目を瞑って大きすぎる快感を受け入れた。勝手に快感に抗おうと身が固くなる。
 薄目でカカシを見ると、あの日以来家では口布を外すようになったカカシの素顔がある。儚く優しげな印象だが、こういうふうに見下ろす時は美しい獣のようだとナマエは思った。面食いなわけではないが、正直素顔を見てからより一層カカシを愛おしく思うようになった。

「あ、イッ……、はぁっ……、」

「はぁはぁ……、俺も……、」

 カカシが最奥を貫いたと同時に、ナマエは一足先に果てた。カカシもその締めつけで果てそうになるのを一度ぐっと耐え、収縮するナカをゆるゆると味わう。

「はぁ、はぁ……、先生……、好き……。」

「……はぁっ……、え?」

 シカマルに背中を押されたのもあるが、なんだか言いたくなった一言がぽろりとこぼれる。セックスの最中なら言えるし、聞き流してくれるかもしれないという打算もあった。
 しかし、そんなナマエの思惑とは裏腹に、カカシが果てるタイミングではあったものの、しっかり届いた上に流してくれることもなかった。

 いつもならすぐに抜いて後処理をするカカシが、なかなか抜かずにナマエを見下ろしている。まさかそんな反応をすると思わず、はぁはぁと荒い息を大げさに整えて熱に浮かされたふりをした。言い逃げるつもりだった。

「俺も好きだよ、ナマエ。」

 カカシは顔を寄せると唇にちゅ、と軽いキスを落とした。ナマエはぱっと目を見開く。

「嘘……、」

「なんで嘘になるのよ。」

 カカシは驚くナマエの顔を見て笑った。

「だって……、先生は先生だし、わたしと先生って……、」

「俺のほうが驚きだよ。いつの間にかお前、感情を隠すのがうまくなったから。」

 ナマエはあの生活のせいか、たしかに隠し事も嘘も得意になった自覚はあった。より忍らしくなったとも言える。

「先生は、隠しすぎです……。」

「いや、俺のパーソナルスペースに上がりこんでおいて何言ってんの。」

「いや……これと、それは別じゃないですか……。」

 ナマエは、好きな人の前で裸でいることの羞恥心が急に芽生え始めて、布団を手繰り寄せて胸に抱いた。自分のナカに未だ挿入されたままのなことも気になりだす。

「先生、ひとまず……抜いて下さい……。」

「お前が今さら恥ずかしがる意味がよくわかんないけど。」

 カカシはいつものように後処理すると、ナマエの隣に横になった。ナマエはカカシの顔を信じられない思いで見つめる。

「師として特別な思い入れは良くないと思ってたけどね、お前はズカズカ入ってくるから。ここに。」

 カカシの言う「ここ」には家のことも心のことも入っているんだろうと思った。

「ずっと、カカシ先生の心が知りたかったんです。先生が何を考えているかわからなかったから。素直になれば良かったんですね。」

 ナマエはカカシの腕に抱きついた。
 カカシの感情が知りたいというのは、一貫してナマエの中にずっとあった。意識し始めたのはあの悪夢が見させたまやかしがきっかけだったのかもしれない。それでも、今抱きしめているカカシは現実で、この感情もきっと本物だと信じたくなった。

「偽物でもいいや。」

「何が?」

「先生が。あと好きも。……いいの、何があってもなくても、今目の前にいるカカシ先生が愛おしい。」

「ははっ、なんだそれ。」

 カカシはなんのことを言っているかわからなかったが、ナマエが幸せそうに微笑むのでどうでも良かった。今目の前にいるナマエが愛おしい、から。





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