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【?】

 すぐそばで同期たちが騒いでいる声が遠くに聞こえた気がした。ナマエはもともと人との距離が近いタイプだが、シカマルから距離をグイグイ詰められるのはおかしい。特に、「この」世界では……。

 呆然としているナマエからすっとシカマルの顔が離れる。幸いにも同期たちにはその一部始終を見られてはいないようだった。

「ナマエ?」

「ごめん、なんでもないよ。」

 ナマエはぱっと立ち上がると、奥の方に座っているいののもとへ向かった。

「いの、わたし食べすぎて気持ち悪くなっちゃったから帰る。お金渡しておく。」

「あんたね……チョウジじゃないんだから……。そうだ、具合が悪いなら、」

「サクラも幹事ありがと!みんなまたねー。」

「あ!ちょっとナマエ!」





 ナマエは1人足早に帰路についた。飲食店の立ち並ぶ繁華街を抜けると、灯りの少ない道に出る。
 考えごとをしていたせいか、いつもより速足だったせいか、ナマエは何かに足を取られて思いきり転んだ。

「もうやだ最悪……。」

 とっさに受け身は取ったので怪我はしていなかったが、脚やスカートに土や泥のようなものがついた感じがする。泣きたくなった。

「……お前、まじで何やってんの。」

 頭上から聞こえたのは、焼肉Qに置いてきたシカマルの呆れた声だった。二の腕のあたりを掴まれ、引っ張り上げられ立ち上がる。

「何やってんだろうね……。」

 ナマエは自分の膝についた土を払った。シカマルの顔は見られない。

「お前さ、なかったことにしようとしてる?」

 シカマルは何が、とは言わなかったがナマエには何のことだかもちろんわかった。

 シカマルと一緒に行ったツーマンセルの任務で、自分と同じように現実と少し違う世界を行き来する人と出会った。ナマエはその行き来が二度とできぬよう、そのきっかけとなった出来事をもう一度して扉を閉じた。これですべてが終わりだと思っていた。

 ナマエは1つ勘違いしていたことがある。こちらでのカカシとの関係さえ犠牲にすれば、何もかもが元通りになると。
 何度も行き来する上で、自身がどちらにいたかわからなくなってしまっていたのだ。社長が「Reverseにいる」と言っていたため、自分もそうだと思い込んでいた。これは、シカマルからの追及から逃れるために軽い気持ちで身体を重ねた罰なのか。

 いまだにシカマルはナマエの腕を掴んだままだった。ナマエは掴んでいるシカマルの手を視線で辿って、シカマルの顔を見た。シカマルの表情は真剣で、自分が不誠実でその場しのぎなことに後悔する。何を言っても言い訳にしかならないような気がした。

「あ……戻らなくて平気?みんな待ってるんじゃない?」

 ナマエはシカマルの手を取って掴まれた腕を剥がそうとした。ヘラヘラすることしかできない。

「はぐらかすなよ。」

 剥がそうとした手さえも取られて、ナマエはシカマルと向き合うしかなかった。

「お前が何考えてるか知らねーけど、俺は、」

 シカマルの次の言葉の前に、一瞬で近付く気配を感じ、2人は同時にその方向を見た。

「あれ?やっぱりナマエとシカマル。もう解散?早いんじゃないの?」

 つい小一時間前まで一緒に仕事をしていたカカシだった。カカシは今仕事が終わったのだろう。焼肉Qを出て少し歩いたからか、2人は待機室に比較的近いところで立ち止まっていた。

 ナマエは反射的にシカマルの手を振りほどいた。もうカカシに見られていたのはわかっていたが、とっさに動いた自分の手に内心驚く。

「あ、えと……食べすぎちゃって。体調悪いから早めに帰ることにしたんです。」

「ふーん?そうなの。まぁ気を付けて帰んなさいよ。シカマル、ナマエのこと送ってやって。」

「あ、はい。」

 カカシはそれだけ言うと音もなく瞬身の術で消えた。ナマエはカカシがいたところを黙って見つめる。

「あ、ごめん……シカマル……。」

 少々乱暴に腕を解いた自覚があったので、ナマエは眉を下げて謝った。

「やっぱりわたし……先生が好きなのかな……。」

 ぽつりと言葉がこぼれた。シカマルと一緒にいるところを、とっさに見られたくないと思ってしまった。自分とシカマルが一緒にいて触れ合っている状況を見てもいつもと何ら変わらないカカシに対して、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

「……、」

「今さら気付いても、もう遅いかぁ……。」

 誰に言うでもなく、ナマエは力なく笑った。
 シカマルはナマエの顔を見て、ナマエの目の下あたりを頬に手を添えて親指でなぞった。まるで涙を拭うような仕草に、ナマエは一瞬驚いてふふっと笑った。

「泣いてないよ。」

「泣いてるように見えたんだよ。」

 シカマルの顔がゆっくり近付いてきた。キスされるな、とわかってナマエはそのまま目を閉じた。触れるだけの優しいキスだった。

「この感情もきっと偽物なの。」

「なんで。」

「本来は生まれてなかったかもしれない感情だから。」

 シカマルは何言ってんだ、という顔をした。シカマルが深く考える前に、ナマエはシカマルの頬に手を添えて今度は自分からキスした。
 シカマルの薄い唇をぺろぺろと舐めながら、グイグイとシカマルを押して近くの建物の物陰に入った。

「ん……、シカマル、舌出して、」

「はぁっ、ちょ、……待て、」

 シカマルはぐらつく理性を叩き起こしナマエの肩を押して、しなだれかかるナマエの身体を引っ剥がした。

「自棄になってねぇか?」

「んー?どうだろ。」

 引っ剥がされても、ナマエはぴたりとシカマルの胸に自身の上半身を寄せてもたれかかった。

「シカマルは深く考えすぎだよ。」

「さっきまでわけわかんねーこと言ってたのお前だろ。」

「忘れていいよ。」

 ナマエは背伸びをして、シカマルの唇に再び自分のを重ねようと目を閉じた。

「ま、待て待て。俺はお前と……、」

 シカマルの言葉はナマエの口内へ吸い込まれるように消えていった。シカマルの舌を追って絡めると、静かな空間にくちゅりと音が鳴る。
 シカマルが薄目を開けてナマエを見ると、長いまつ毛に縁取られた瞳は閉じられていた。

 シカマルの手はいつの間にかナマエの後頭部に回っていて、サラリと髪を弄ぶように指が遊んでいる。

 シカマルはナマエに押されてとうとうずっと好きだったと言うことは叶わなかった。自身の腕の中に収まっているようで、まったく別の場所を見ているようなナマエに、もうどうすることもできずこの関係に甘んじる他なかった。

「ンッ……しかまる……、もっと……っ、」





 ナマエは1人で、ぼーっと壁にもたれかかっていた。風が吹いて髪とスカートが揺れる。
 目的の人物が本を片手にのんびりと歩いている姿を捉えて、ナマエは手を振った。

「カカシ先生!」

「ナマエ、なんでここに。」

 カカシの自宅の前で待ち伏せしていたナマエは、カカシの腕にしがみついてにこにこと笑った。

「先生を待ってたんです。またおうちにお邪魔したいなって。」

「……何かあった?」

「ん?何も?」

 ナマエはカカシに扉を開けてもらうと、お邪魔します!と元気よく言って後ろ手に扉を閉めた。

 ナマエは二度とReverseへ行くことはなかったが、もうそんなことはどうでも良かった。どちらの世界でももう大差ない。



『R』

 完。





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