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【O】

 シカマルとのツーマンセルの任務を無事やり遂げ潜入した企業を後にしたナマエは、帰り道でシカマルに社長の言っていたことを隠すことなくすべて話した。

「社長は似通った2つの世界を行き来してると思っているみたいなの。片方の世界は、自然とやるべきことがわかってラッキーに見舞われる世界。そこで得たコネクションや金品はもう1つの普通な世界に持って帰ることはできないけど、同じようなことをしてどちらの世界でも豊かに生きているって言ってた。」

「……。」

「株取引の履歴や社長が築いたコネクションには不審なところはなかったでしょう?」

「……まぁな。」

「これをどう上に報告するかはシカマルに任せるよ。新手の宗教思想なのかもしれないし。ただ彼はそういう風に生きて実際成功しているの。」

 ナマエはシカマルへ報告しながらこのパラレルワールド説を咀嚼して飲み込んだ。シカマルは歩きながら眉間にシワを寄せて考えていた。

「ナマエはどう思う?」

「えっ、」

 シカマルに意見を求められるとは思わずナマエは目を丸くした。

「そう、だね……うーん……わたしは……、」

 ナマエは社長の言うことを信じている。理由は簡単で、自分にも身に覚えがあるからだ。ただ1つ社長と違うのは、ナマエのReverseは社長の言う「幸運な世界」ではないことだ。ナマエのReverseは、Obverseと一体何が違うというのだろう。

 ナマエが考えている内に、2人はあ・んの門前まで来ていた。火影邸はすぐそこだった。

「報告はシカマルに任せていいよね?お疲れさま。」

 ナマエは自宅の方へ向かおうとした。しかし、シカマルに肩を掴まれて歩きだすことは叶わなかった。

「全部中途半端にして行くなよ。」

「え、あー……わたしにはわからないし。ただ言えることは、悪事を働いてるってことは依頼人の思い過ごしかな。」

「……それもだけど。俺、お前に話があるんだけど。」

「え?何?今言ってよ。」

 昨夜、シカマルはナマエが眠る前に何かを言いかけていた。軽く寝かせてもらうつもりが朝方まで深く眠ってしまい、大慌てで後処理をして急いで帰路についたので、シカマルの言いかけたことは聞けずじまいだった。もっとも、後処理はナマエが眠っている間に大半をシカマルが終わらせていたのだが。

「今……あー……うーん、」

 シカマルが言いづらそうに首の後ろへ手を回す。2人のすぐ横を通学中の子どもたちがキャッキャ言いながら走り抜けた。

「……また今度言うわ。」

「そ?じゃああとはよろしくね。」

 ナマエはシカマルの煮えきらない態度に少し違和感を覚えたが、まぁいいかと手を振った。シカマルがナマエの後ろ姿を見てうーんと考えていたのは気付かない。





「ただいま。」

 ナマエは家に着くと、自分の部屋へ向かって日記帳を取り出した。今書いているものをパラパラとめくってみた後、過去の日記帳にも目を通す。違和感の日のチェックマークと、何もない日の丸印を睨みつけた。
 意図せずとも、何もない日の丸印が社長の言っていたObverseの頭文字であるOに見える。

「やっぱりそういうことなのかな……。」

 考えたくはないが、ナマエがReverseで感じる渇きは、キスや性行為での快感によって誰かに満たしてもらっていた気がする。
 ページをめくると、やはり誰かと交わってしまった日はすべてReverseでの出来事のようだ。

 ナマエは頭を抱えた。今後流れに身を任せていたらずっと誰かと性行為を続けることになる。なぜか確信があった。

 ――「僕は最初に扉を開けたきっかけがなにかあったんじゃないかと思ってる。そして同時にそれを閉じるヒントになるのでは、とね。」

 ナマエは社長の言葉を覚えていた。最初に扉を開けたきっかけが鍵である。なんとなくナマエはそれに覚えがあった。





「ナマエ?」

「カカシ先生……。」

 カカシの家の前でひとりぼーっと待つナマエ。カカシは突然の教え子の訪問に驚いている。

「こんなところでどうした?」

「先生を待ってたんです。」

 少し様子のおかしいナマエの目を探るように見つめてから、カカシはドアを開けた。

「まぁとりあえず入ったら。」

「おじゃまします。」

 カカシは任務帰りのようで、忍ベストを着て少し汚れている。いつもとほぼ変わらないカカシの様子から、戦闘後であることを見抜くくらいにはナマエはカカシと付き合いが長くなっていた。

「で、何かあったわけ。」

 カカシはベストだけ脱ぐと、ナマエの前にコーヒーを出した。カカシもナマエの異変にはすぐ気が付く。きっとすぐにでもシャワーを浴びたいだろうに、教え子の悩みを聞いやろうとするカカシは優しかった。

 それに、今のカカシはナマエが来ているのにシャワーを浴びたりはしない。その確信があった。

「わたし、先生の家に来たことありましたっけ?」

 カカシの質問には答えずにナマエはコーヒーを飲んで見上げた。

「家に上げたのは初めてじゃない?ナルトたちと家の前で持たせたことはあったけど。……というか、男の家に上がり込むの気を付けなさいよ。」

 カカシはキッチンに立ったままナマエを呆れた目で見た。

 ――やっぱり……。

 ナマエは少し悲しい気持ちになった。2つの世界を行き来していても違和感はなかったのに、いざ気が付くと、目の前にいるカカシとは距離を感じる。自分は今まで誰を慕っていたのだろうと思う。

 ――このカカシ先生?それとも……。

 ――「僕はもうこのままで満足してるんだ。ObverseとReverse、どちらも行き来してうまいことやるよ。」

 ふと社長の声が脳に響く。今まで通り、2つの世界を渡り歩いていってもいいのではという拭い取りづらい甘美な思考がここへ来た意味をなくそうとしてくる。

「やっぱり何かあった?」

 カカシの声でハッとする。口元にカップをつけたまま考え込んでしまっていた。
 カカシの顔をじっと見る。ほとんど隠れているその顔は自分を心配し優しく、そしていつも通り眠そうで覇気がない。ナマエの好きな顔だった。

「先生に1つ頼みがあって来たんです。」

 ナマエはコーヒーをテーブルへ置くと、立ったままのカカシに近付いて、そのまま細いがしっかりした身体に抱きついた。

「ナマエ……?」

「先生、わたしを助けてください。」

 カカシの胸に耳を当てて心臓の音を聞く。速いのか遅いのかはよくわからない。

「わたしを受け入れて……。」





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