【O】
ナマエとシカマルは綱手から任務を言い渡され、火影邸から並んで外へ出た。
「シカマルとツーマンセルなんて初めてじゃない?」
「ツーマンセル自体俺はほぼやったことねーな。」
中忍試験が終わったことでシカマルも通常任務に出るようになっていた。
ナマエとシカマルがきちんと顔を合わせたのは、シカマルの影首縛りの術の修行をした「あの日」以来だった。シカマルがどう出るか気がかりだったが、何事もなかったように挨拶されたのでナマエもにっこり挨拶し返した。シカマルも切り替えがきちんとできるタイプのようで内心ホッとした。
――シカマルが言いふらすとは思えないけど、同期だしなぁ……。
ナマエと関係を持った忍たちは全員口が固そうなので大丈夫だろうと思っているが、やはり心配は心配だった。男と違って経験人数で自慢できないのが女だとナマエは思っている。
「隊長、よろしくね!」
ナマエはポンとシカマルの肩を叩いた。
「お前あんまり無茶すんなよ。いくら対忍じゃないとは言え、油断してっと結構危ねーぞ。」
シカマルとナマエに言い渡された任務は、火の国のとある企業の社長からの依頼だった。
ライバル企業の若手社長が急に羽振りがよくなったことで、依頼人の企業の仕事がそちらに流れていってしまっているらしい。何か悪どいことをしているのではないかと疑っているようで、その原因を突き止めてきてほしいというものだった。
「命の危険はないでしょ。一般人の社長だし。」
「俺が言ってるのはそういうことじゃねーって。」
あ・んの門をくぐり抜け、ふたりは急ぐわけでもないのでしゃべりながら歩いて目的地へ向かった。
「わかってるよ、シカマルが言いたいことは。」
「……だったらいいけどよ。」
ナマエにとって久々の色任務だった。行為のあるなしはさておいて女を使って社長に取り入らなければならない。ふたりは、規模が大きくなったことによる増員の枠に入るよう手配済みだと綱手から聞いた。ナマエもシカマルも今日は忍服でなくスーツを着ていた。忍具は仕込んでいるが。
「わたし社長のタイプど真ん中だっていうし、うまいことやるよ。」
前もって送られているという履歴書を見て早々に気に入られているとは聞いているので、ナマエはおどけるようにクスクスと笑った。シカマルはナマエを見てはぁとため息を吐いた。
「それがいい方に転がりゃいいけど。」
「心配しないで。こういう任務のために幻術もある程度身につけたから。」
対忍なら幻術をかけることは難しいかもしれないが、一般人相手なら容易にかけることができる。ナマエはもともと幻術タイプじゃないので苦労したが、カカシとサスケとの修行の賜物だった。
「……前にもあったのか、こういう任務。」
「くのいちはみんな通る道だと思うよ?」
シカマルは複雑そうな顔をしたが、ナマエはなんてことないように言った。実際、いのやサクラ、ヒナタにも色任務が来ているかは知らないが、くのいちの宿命だと思ってナマエは受け入れている。
「シカマル、わたしハイヒールで歩きづらい。おんぶして。」
「……、」
「ごめん、冗談だよ。ちょっと迷ってくれてありがと。」
「お前……、やっぱいいやめんどくせー。」
シカマルが深く考えすぎているので、リラックスさせようと冗談を言ったが通じなかった。それどころか本当におぶってくれそうだったので、ナマエはクスリと笑った。
シカマルとナマエは無事少しも怪しまれることなく潜入に成功していた。シカマルは優秀さが目立たぬよう地味に仕事をこなしては、事業拡大の裏をこっそり探しているし、ナマエは多くの秘書の中でできるだけ目立つよう愛想よくした。
任務から3日目、とうとうナマエは建物の最上階である社長の自室に呼ばれた。
「ナマエ、君は本当によくやってくれているよ。こちらに来なさい。」
「はい。」
実際、ナマエより仕事のできる人などたくさんいたが、社長はそんなことどうでもいいのだろう。ナマエの仕事ぶりなんて少しも見ていない。見ていたのは顔と胸と脚と尻だけだというのはナマエ自身嫌というほどわかっている。
社長の空いたグラスにウィスキーを注いだ。社長は機嫌が良さそうにそれを煽った。ふたりは革張りのソファで並んで座っている。
表向きは社長の休憩室兼仮眠室となっているようで、ご丁寧に立派なベッドまであった。ここにお気に入りの社員を連れ込んでいるというのは容易に想像できた。
「こんなに良くしてもらえて、仕事も楽しくて、入社できてラッキーでした。」
ナマエがふふっと笑いながら、また社長のグラスにウィスキーを注いだ。
「君も飲みなさい。今持ってこさせよう。」
「あ、わたしが……、」
「いいんだ、今は僕のお客様なんだから。」
社長はそう言うと、申し訳程度にあるデスクの上の受話器を取って内線で酒を頼んだ。
ナマエは履歴書で20歳ということになっているので当然のように酒を勧められた。もちろん飲むふりだけするつもりだ。
「すごく大きな会社ですよね。社長がひとりで大きくしたって聞きましたよ。」
「ははっ、まぁね。今の大口である企業の社長と縁ができてね。あっという間だったよ。」
社長はつらつらとこの会社がどう大きくなったかをナマエに自慢気に話した。その話を聞く限り、社長は悪事に手を染めているようには思えなかった。
――ただ、すごくラッキーなだけ、なのかな?
買った株やできた縁がみるみるうちに多額の金となっただけのように聞こえた。嘘を吐いているようにも思えず、依頼人の杞憂なのではないかと思えた。ただとてつもなく運がいい人、ナマエはそう思えた。
「失礼します。」
酒やつまみを持ってきたのはシカマルだった。きっと自分の様子を見にこの仕事を引き受けたのだろうとほっとした。例え少し酒やつまみが口に入っても、シカマルが用意したのならおそらく変なものは入っていないだろう。
社長は呼びつけたシカマルの存在などまるっきり無視してナマエの髪や肩を撫でている。
いつの間にかぴったりとくっついていた社長との距離に、もしかしたらこれ以上の情報は出てこないかもしれないと、ナマエは幻術をかける準備をし始めた。
社長の手がナマエの背にまわり、ナマエの横乳あたりで彷徨っている。シカマルがテーブルの上を片付けて酒盛りの準備をしている中でさっとふたりは目を合わせた。
――今日はもう引っ張れる情報はないから部屋を出ろ。
シカマルの目はそう言っていたように思えた。ナマエもそのつもりだという意思を目線で合図した。
「……ただひとつ、秘密があるんだ。」
耳元で聞こえた言葉にピクンと身体が揺れた。相変わらず手は同じところを彷徨っているし、耳元に唇を寄せられて少し不快だったが、ナマエは社長の顔のほうを向いて「なんだろう」という表情をした。
「僕の幸運はただの幸運じゃない。自分で扉を開いたんだ。」
シカマルに聞こえているのかいないのかナマエには判断がつかなかったが、ハッタリだったらすぐ幻術をかけてやればいいと社長に身を寄せた。
「どういうことですか……?」
「朝起きた時にわかるんだ、僕は今日違うってね。」
「……え?」
ナマエにもその感覚は覚えがあった。身体の力が抜けたからか、これ幸いにとシャツのボタンが外されていく。ナマエはそんなことどうでもよく、続きを促した。
「感じるのは……そうだな、渇き。何かを欲して欲してやまない渇きを感じるのが扉を開けた合図だ。」
――同じ……。
ナマエが目を開いて社長の話に耳を傾けていると、社長の視界の外れたところでゆっくりと片付けていたシカマルがナマエに合図を出す。
――胡散臭い話に耳を傾けるな、もう終わりだ。
シカマルはいつでも手刀で社長を気絶できるだろう。ナマエだっていつでも幻術にかけられる。
それでも、ナマエはシカマルの指示を無視した。シカマルには「胡散臭い話」に聞こえるだろうが、ナマエは続きがどうしても聞きたかった。きっと自分の身に起きていることと同じだ。