【O】
ナルトが帰郷し、サスケとの再会が果たされた。カカシ班として新たにヤマトとサイが加わり、第7班はより一層賑やかだ。しかし、ナルトもサクラも、サイまでも今まで以上にサスケを追うことへ傾倒している。
「サイ、何してるの?」
「ああ、ナマエさ……ナマエ。」
サイは大きな袋を2つぶら下げていた。サイが自分を呼び捨てにすることに嬉しく思いながら、ナマエは袋の中をちらと覗いた。
「本と…DVD?」
「ちょっと……勉強してるんだ。」
サイが少し頬を赤らめた。感情の勉強をしていることを知られるのが少し恥ずかしいようだ。
「あー感情の、って……あ、なんかごめん。」
サイの持っている袋の中には、胸の大きな女性が切なそうな表情で映るパッケージがあった。見てはいけないものを見てしまったようで謝る。
「ん?何が?」
「……いや、えっと……そうだね、サイはそういう恥じらいとかを覚えたほうがいいかもね。」
感情を勉強していることを指摘された時に恥じらう心があるのに、なぜエッチなDVDを班員に見られても恥ずかしくないのかが不思議だった。むしろナマエのほうが少し恥ずかしくなってしまった。
「ああ、これ?人間の三大欲求は僕にも備わってるし、そこから恋愛感情ってものがわかるかなって。」
たしかにサイの言う通り人間の恋愛感情は元を正せば性欲由来なのかもしれない。生殖本能ともいうべきか。
そのわりにナマエは自分が好きな人というものがいないなと思った。何人かと身体を繋げているというのに。
「……わたしも好きって感情が欠落してるのかもな。」
「ナマエも?」
サイは同志を見つけて少し嬉しそうだった。ナマエには十分感情があるように見えたが、サイは今成長途中なのかもしれない。
「うん、サイと同じだね。わたしも勉強途中だし一緒に頑張ろう。」
小さく胸の前でガッツポーズをすると、サイは少し考えるような素振りをした。
「パーソナルスペースに招くことも、同じ目標に向かって努力することも仲を深めるには効果的なんだ。……というわけで、ナマエ。」
「え、何?」
「僕の家で一緒に勉強しよう。」
「お邪魔します。」
「僕、友だちを家に招いたの初めてなんだ。」
サイが照れくさそうに、でも嬉しそうに笑うのでナマエもにっこりした。ナマエもサイとは仲良くやっていきたいと思っていた。
「早速だけど、効率的に勉強するためにDVDをかけながら本を読むよ。ナマエはどれがいい?」
「んーじゃあわたしはこれ。」
飲み物を用意するといった気遣いを求めるのはサイには少し早すぎるのかもなと思いながらも、まぁいいかと「週刊くのいち」を手に取った。ナマエに足りていないのは恋愛感情および乙女心だ。
「じゃあ再生するね。」
サイは当然のようにエッチなDVDを機器に挿入した。ウィーンと機械音を鳴らしながら飲み込まれる毒々しいジャケットに、ナマエは「あぁ……」と手を伸ばしかけた。
しかし、当のサイが何も気にしていなさそうなので、まぁ大丈夫だろうと音量だけはかなり下げて再生した。
DVDの冒頭の作品ダイジェストをチラッと視界に入れて慌てて目線を雑誌に戻した。ダイジェストなのでいきなり一番卑猥なシーンがてんこ盛りで飛び込んでくる。サイは「モテたい忍のスーパー男塾」という胡散臭い恋愛指南書を真剣に読み込んでいるので、ナマエもサイの隣で目線を落とした。
「……ナマエは恋愛的に好きな人がいないの?」
「んーそうだね、いたことない。」
「ナルトはサクラが好きで、サクラはサスケが好きだろ?仲間はずれだけどいいのかい?」
「……好きになろうと思ってなれるわけじゃないと思うけど。」
ナマエは読者アンケートコーナーの「初体験はいつ?」のところを見ていた。平均は16歳。自分は平均より早かったのかとその欄を睨みつけた。
「女性に好きになってもらうには、強い自分をアピールするのがいいらしい。」
「……サイ、その本は恋心について書かれてるわけじゃないと思うよ。」
ナマエは「実録!わたしのまわりの嫌なくのいち」の投稿に「親友に好きな人を打ち明けたら、親友がその男に色仕掛していた」というものを見つけた。そこを破いてしまおうかと思った。
サクラから見たらきっと自分は「嫌なくのいち」だったのだろう。その証拠に、サスケと再会してからまたサクラと少しだけだが気まずくなった。
「じゃあこれは何?」
サイが「モテたい忍のスーパー男塾」を摘みながら言うので、ナマエは少し考えてあんあんうるさい画面に目をやった。
「てっとり早くこういうことをシたい男が読む本だよ。そこに心はないと思う。」
ナマエは言っていて複雑な気持ちになった。自分にもないくせに、今まで身体を許した男たちにもそこに心はなかったのだろう。間にあったのは好奇心と快楽。それだけだ。
「ナマエはシたことあるの?」
サイがとんでもないことを口にしたので、顔をガバっとサイへ向けてしまった。サイがキョトンとしているので、ナマエははぁと小さくため息を吐いた。
「そういうことを聞かないっていう心遣いを覚えるところから始めたほうがいいかもね。……あと友だちが来たら飲み物を出すこととか。」
ナマエはプライベートで人に注意することなど滅多にないが、サイのためにも心を鬼にした。サクラだったらしゃんなろーされていただろう。
「ナマエは喉が渇いてるの?なら自分で持ってくれば良かったのに。」
「……。」
サイが簡易的なキッチンに立つ後ろ姿を見送ってついさらなる言葉が出てしまいそうになるのをぐっと噤んだ。
ふと目に入った画面には、巨乳の女優の服がビリビリに破かれていく様が映っていた。その服は手裏剣の柄で、どう考えてもくのいちモノだった。
――くのいちは手裏剣の柄の服なんて着ないし。
ツッコミどころの多いその画面を見てから、パッケージを手に取った。どうやら3本立てのようで、「ズブ濡れ水遁の術」「色の修行はセンセイと」「侵入したら挿入されちゃった!」などふざけたサブタイトルがついている。
どうやらくのいちが陵辱されるシリーズのようで、ナマエは白けた目でパッケージを放り投げた。
『センセイッ、せんせ、あぁぁん!』
画面から流れる師弟モノに、ナマエはふとカカシと自分を思い浮かべた。AVの題材にされているが、カカシとナマエは実際にこんなことをしている。
――「修行じゃないなら何だと思う?」
カカシの真意はわからないままだった。自分が経験しているものがフィクションの世界のようだと思った。
ナマエは画面の中で「センセイッ」と喘いで大きな胸を揺らす女優をじーっと見つめた。胸の突起をコリコリとイジる手には、カカシのしているような手袋がはめてありドキッとした。
すっかり画面を食い入るように見つめてしまい、コクンと喉が鳴った。
「ナマエ、」
「ひゃいッ!」
いつの間にか背後に立たれていたサイにまったく気付かず、ナマエは驚いてがばっと立ち上がった。その拍子にサイの手からマグカップが落ちた。
「あっ、ぶない……。」
「……。」
中身が半分ほどこぼれたが、床に落ちる前にマグカップをナマエが受け止めた。サイはそれを黙って見下ろしている。
「ごめん、帰る!あの、用事!緊急の?」
ナマエは頬が赤いまま脱兎のごとくサイの家を飛び出した。
――男のサイが何とも思ってないのに、わたしが欲情してどうする……。
隠すように片手で赤い頬を撫でながら、ナマエはとぼとぼと家まで歩いた。