09


【R】

 中忍試験が終わった。
 大蛇丸による木ノ葉崩しの企みのせいで最後まで試合をすることなく中止となった波乱の中忍試験は、ひとまず幕を降ろしたのだ。

 ナルトは自来也と旅に、カカシは暁との戦闘で入院していたので、しばらくナマエは他の班に混じって任務に出ていた。任務で忙しいのは、中忍試験でそこそこ結果を出したのも要因の1つだろう。
 中忍試験前はサスケとしょっちゅう修行をしていたナマエだったが、幻術耐性もついてきた上に、別の理由で修行にならないことも多々あったので、あれこれと理由をつけてサスケとの修行を避けていた。

 コンコン。

 ナマエが木の葉病院の一室に入ると、ぱっと弾かれたようにサクラが顔を上げた。サクラは眠るサスケの顔をぼーっと見つめていたようで、ナマエのノックの音に驚いた顔をした。

「サクラ、来てたんだね。」

「ええ……。」

 中忍試験では協力し合ったものの、サクラとナマエの関係は微妙なままだった。サクラはナマエを恋愛面でライバル視しているし、ナマエはサクラと昔のように接して良いのかわからず距離を測りかねていた。
 サクラもいのへの態度のように接すればいいのに、ナマエが掴めない態度なのでどんどん距離が開いてしまっている。

 ナマエは眠っているサスケをちらりと見下ろしてから、窓際の小さな花瓶に一輪の白い花を差した。

「その花……、」

 サクラが呟いたのでナマエは、ん?と首を傾げた。

「それ……ジャスミンよね?匂いの強い花はお見舞いに向かないのよ。」

 サクラは意地悪を言ってしまったかなと慌てて口を閉じたが、もう声はナマエのもとへ届いてしまっていた。ジャスミンの白い花びらを少し撫でると、ナマエはサクラと目を合わせず悲しげに笑った。

「つい可愛くて。わたしはたまにしか来ないから、サクラよろしくね。」

 ナマエはたまにしか見舞いに行かないが、サクラはほぼ毎日来ているようだった。あまりにも匂いがキツければ、または自分が持ってきた花など見たくなければ捨てても構わないという意味を込めてナマエは言った。

「じゃあわたしはカカシ先生のところへ行くね。」

 ナマエはもう一度サスケの顔を見てから、サクラに笑いかけると返事も待たずに出ていった。

 サクラはパタンと閉まったドアを名残惜しそうに見てぎゅっと膝の上の拳を握った。ナマエと以前のように仲良くしたいのに、どうしてもサスケとナマエが醸し出す「特別な雰囲気」を思うとうまくできない。ナマエはサスケを好きなわけではないと思っていたのになぜ、と責めるような気持ちになってしまう。

 ――サスケくんがナマエのことを……?

 サクラは自分の考えを否定したくて頭を振った。ふわっとジャスミンの香りがしてまた気分が落ちた。サスケの病室に充満するナマエの持ち込んだ花の香りが、まるでサスケの心に根を張っているようだとサクラは思った。

 サクラは、ナマエの去った病室でジャスミンの花言葉を思い出していた。

 ――「愛らしさ」、「優美」、「幸福」……それに「官能」。





 コンコン。

「……カカシ先生?」

 意識を取り戻したとは聞いていたが、眠っているかもと小さな声でナマエは入室した。
 カカシはベッドの中にはいたが、眠ってはおらず座っていた。イチャイチャパラダイスを片手にちらりとナマエに視線を寄越した。

「ナマエ、久しぶりじゃない。」

「お元気そうで良かったです。」

「サクラはほぼ毎日来てくれるのにお前は薄情だね。」

「……。」

「わかってるよ。サクラがサスケの見舞いに毎日通っててお前が遠慮してることくらい。」

 カカシはイチャイチャパラダイスをわきに置くと、ナマエを眠そうな目で見た。

「ナマエお前、サスケに手出したろ。」

「……はい?」

 ナマエは何も顔に出ないよう手に持っていた一輪のジャスミンの花を手元でくるくると弄びながら花瓶を探した。
 広い個室の隅の棚の上にあった小さくて細い花瓶を手に取ると、ジャスミンの花を挿して水遁で水を満たした。

「サクラに遠慮したりサスケと関係持ったり、お前はどうしたいわけ。」

「えー?だって幻術修行に付き合ってくれる人がサスケしか思いつかなかったんですもん。」

 ナマエはジャスミンの花の匂いを嗅いで、花瓶を窓際に置いた。

「ジャスミンってお見舞いの花に向かないみたいです。先生鼻いいのにごめんなさい。」

 ナマエはすまそうにふふっと笑って振り返った。カカシはその笑顔を見て、いつの間にかわかりやすくて可愛らしかった教え子が変わっていくのを感じた。

「ナマエ。」

 額当てのしていないカカシが、片目でナマエをじっとりと見た。ナマエはドキリとした。のらりくらり躱してさっさと退散しようと思っていたのに、カカシからは逃げられないかもしれないと思った。

「部下の人間関係にとやかく言いたくないけど、サスケが不安定なのはお前もわかってるだろ。あんまり刺激しないでちょうだいよ。」

 カカシがハァーと深くため息を吐いたので、ナマエは叱られている気分になった。

「サスケに言っても止まらないから話の通じるナマエに言ってるんだ。」

「わかってます。でも、サスケはわたしに対して特別な感情があるわけじゃないですし……、」

 サスケとナマエは中忍試験に向けて2人で修行をする関係だった。突拍子もなく身体を弄り合わなければいたって真面目な下忍だ。それに、ナマエはサスケが自分を好きだとは思わなかった。サスケが特別な感情を持っているのはナルトと兄のイタチだけだと思っている。

「それに、その……挿れてないから……。」

 だからまだセーフなんですと言いかけて、カカシの片目がまんまるに開いているのを見て口を閉じた。きっとそういう問題ではないと言われるだろう。

「お前さ、生殺し状態でサスケを放置しないでよ。余計凶暴になるよそんなの。」

「ええ……?でも、最後までするのはちょっと違うかなって……。」

「その線引きがサスケに伝わるかは別問題だから。ていうか思春期の男子をナメてるねお前は。」

「ええ……。」

 ナマエはこの話をカカシと詰めておいた方がいいかもなと思い、ベッドに座っているカカシの隣に腰掛けた。
 その一連の動作をじーっと見ていたカカシは、自分の隣にちょこんと座ったナマエと、使われることのなかった見舞客用の小さな椅子を交互に見下ろした。

「ナマエ、やっぱりお前はもう少しよく考えて行動したほうがいいよ。」

「え!すごく考えてます!」

 口に手を当てて心外と言った顔をしたナマエは、上司とベッドの上で並んでいてもケロリとしている。カカシは眉を下げた。

「俺はお前に男との距離感まで教えてやらなきゃダメなの。」





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